第4話 ドワーフじゃけん。

 重厚な石の扉を開けると、そこは鉱山の中だった。

 だが、田中の想像していた鉱山の様子とはだいぶ違う。

 山の岩盤をくり抜いて作られたそれは、精緻かつ豪壮な石の宮殿だった。


「ほお!」

 これは見事だ。

 ドワーフというのは素晴らしい建築技師に違いない。

 ファンタジーについて全く無知な田中でもそう思った。

 見れば、そこかしこに背の低いずんぐりした髭男たちが立っていた。


 これがドワーフ人?? か?


 シルフィアの言うとおり、髭もじゃなのは間違いなかった。

 石の回廊奥の、石の大広間に田中とシルフィアは通された。


 勧められ、これまた分厚い石――岩盤で出来たテーブルにつく。

 椅子もどうやら石材らしかったが、軽くて肘掛についた細かい細工模様が美しかった。


「ほう・・・お前さんがフィルナルの二番目の娘さんかい。大きくなったな」

 テーブルの一番奥の席――上座に一人のドワーフが座った。

 見ただけで位が高いことが分かる。

 はっきり言って全員髭もじゃなので区別がつきにくいのだが、この男は立ち居振る舞いが違う。

 威厳と自信に満ちており、手首には細い銀と宝石をあしらったブレスレットのようなものをつけていた。

 シルフィによると、彼が族長のギモリンとのことだ。


 うむむ、矢沢永吉ファンのオッサンのような身なりだな。

 これで革ジャンとサングラスを身につけ、バイクに乗ればちょい悪親父だ。

 それにしても顔が大きい……。

 田中は思った。


 男の両脇を白髪のドワーフが固めるように座る。こちらは長老と言った佇まいだ。

 ギモリンの後ろには戦斧を持った四人の若いドワーフが立っていた。

 殺気立っている。一目見て剣呑な空気だった。


「そちらは?」

 ギモリンは田中を指差した。

「ニコニコ商事営業3課課長代理補佐、田中恵一でございます。以後お見知りおきを!」

 すでに体の芯までしみついた挨拶を行い、名刺を差し出した。

「う・・・うむ」

 名刺を受取ったギモリンは、小さな紙のカードをどうしていいのかわからないようで、ひとしきり手で弄んでから皮のベルトに挟んだ。


「それで、今回のことは、いったいどういうことなんだね?」

 シルフィアは説明した。

 姉が多忙のため、自分が代わりに薬を作ったこと。

 分量を間違えたこと。

 大変申し訳なく思っていること。

「ふむ・・・魔王の行幸の時期だからな。ウィンディエルも大変なのは理解できるが」

 ギモリンは髭をなでた。全部の指に指輪がはまっている。

「で、この始末はどうつける?」


「これからは間違えないようにします、すみません」

 シルフィアは帽子を取って頭を下げた。

「ここに今回受け取った代金がありますので、お返しします。それと、これはエルフの蜜酒ミードです。お詫びのしるしに差し上げます」

 シルフィアの肩が震えていた。


「で?」

「で?と言うと?」

 シルフィアは怪訝な表情を浮かべた。

「嬢ちゃんの薬のせいで、下痢で脱水症状になりかけた子供もおるんじゃぞ」

「それは・・・ですから、お金はお返ししますし・・・」

「子供の母親は三日三晩そばを離れずに看病した。助かったがな、一時は危ない状況じゃった」


「では・・・治療費をお支払いして・・・今日はないけど・・・」

 シルフィアのその言葉を聞いたとき、ドワーフの王は激高した。

「金の問題じゃないわい!誠意を見せいって言うとるんじゃ!ワリャシゴしちゃろかい!」

 ドン、と石板のテーブルを叩くと、共鳴して部屋中に音が響き渡った。


 部屋の隅に立っていたドワーフ―書記官のような役目なのだろうか―も、思わず振り向いた。

 戦斧を持った衛兵のドワーフが逆に恐怖している。


 田中は少しびっくりしたが、それとは別にドワーフが広島弁を喋っていることにびっくりした。

 昔仲が良かった工場長のおやっさんの様だ。


 シルフィアの肩は震えていた。目に涙がいっぱい溜まっている。

「あんたの父上、フィルナルはそれは立派な男じゃった。ドワーフとエルフの反目、特にエルフがドワーフに抱く偏見や、差別感情を越えて友情を築こうとしたんじゃ!」

 もう一度ギモリンはトンと小さくテーブルを叩いた。

「それが娘のあんたは何じゃ?魔法薬師は人の命も扱う職業じゃ。わしにはあんたがドワーフどもなぞどうでもよいと思っているようにしか見えんわい。」

 ギモリンは少し悲しそうに見えた。


 シルフィアの頬を一筋の涙が伝う。

 田中は立ち上がった。


「ケーイチ?」

 田中は例によってくクシャクシャになったハンカチをシルフィアに渡した。

「シルフィアさん、おやっさん、いやギモリンさんの言うこともごもっともです。あなたの言葉では、自分の失態に対する反省としか聞こえない」

 シルフィアは田中のハンカチで鼻をかんだ。

「ギモリンさんの欲しいのは、心からの謝罪の言葉です。私はウェンディエルさんと君たちのほんの知人にしかすぎませんが・・・」

 田中は自分の席を離れ、つかつかとドワーフの王に近づく。

 ドワーフの衛兵が飛んできた。

「何をする気だ!」


「どうも、申し訳ありません!」

 田中は石の床の上に正座して、深く土下座した。

 

 肩の角度は胴と90°。

 額は床にぴったりとついている。

 一瞬、ドワーフの大広間の時が止まった。


「なっ!」

 ギモリンが言葉を失う。

 これは、ドワーフに伝わる聖なる儀礼!

 大地の精霊ノームと山に住まう神に五体全てを捧げ感謝するために、最上位の式典で行う所作だ!!


 なぜこの男が知っているのだ!

 大地の豊穣と鉱山の安全、家族の健康を祈る究極かつ神聖なる祈りの儀!

 しかも、完璧だ。

 額を床に擦り付けているその姿は、神々しくもある。

 古の聖者を見るようだ・・・


 ギモリンは左右に座る長老の二人を見た。長老たちはギモリンの心中を察して頷く。

「それだけではないぞ、ギモリンよ。」

「嗅いでみよ。」

 長老の一人は鼻を動かした。

「これは・・・枯草こそうの香!我々と同じ匂い!まさかわざわざ香を焚き染めてきたということか・・・」

「そうじゃ。かつてこれほどの礼儀・友愛を我々に示した者があろうか・・・」

 もう一人の長老は感激のあまり涙を流していた。


 一瞬にして大広間の空気が変わったことにシルフィアは気づいた。

 そして、先ほどの田中の言葉。

 確かに、自分が口にしたのは仕事に対する反省と後悔の言葉だけだった。

 本当に大事なものを作るのなら、どうしてレシピをもう一度確認しなかったんだろう。

 ウェンディエルに頭を下げて聞かなかったのは、下らない競争心ではなかったのか。

 自分が造ったものがもたらす影響にまで、考えが及んでいなかったとしかいえない。

 そして、そんな自分のために何の関係もない田中が謝ってくれている。


 シルフィアははっきりと自分の責任を悟ったのだった。


「すみません!」

 ぎこちなく田中のまねをして、エルフの娘も膝をついて謝った。


「おお・・・」

 今度は大広間に感嘆の声が湧く。

 過去何百年の歴史の中で、これほどまでにドワーフに礼を尽くしたエルフがあっただろうか。

 ドワーフたちのわだかまりは、霧のように消え去っていた。

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