第3話 48歳の春だから

 アカゲラがくちばしで木を叩く音がする。

 よく見ると森の中には細い道があった。シルフィアはこの道をたどって歩いていたのだった。

 田中は道はずれの木の下に落っこちて来たらしい。

「道に戻って、歩きながら聞こうか」

 シルフィアはこっくりとうなずいて歩き始めた。


「うちのお店は代々エルフ族の秘薬を扱うお店なの」

「ふむ」

 エルフ?漢字変換できない。

「お父様の代から、ドワーフ族相手の取引が始まったのね」

 シルフィアは肩を落としてとぼとぼと歩きながら話を続けた。


 エルフは弓と太陽と森を愛し、叡智を手にして森とともに生きる一族。

 ドワーフは炭鉱や鉱山に住み着き、鍛冶仕事を愛する一族。

 ドワーフ族とエルフ族は、微妙に仲が悪いらしい、というかそりが合わないのだという。


「何かこう、ドワーフって髭がぼうぼうで、お酒を飲んでガハハッて感じ」

 シルフィアの言葉を要約すれば、ホワイトカラーとブルーカラーということなのだろうか。

 取引先で仲の良かった工場長のことをちょっと連想した。

 いい商品ができると一緒に飲み歩いたものだ。

 その工場長も、無理がたたって今は引退している。


「鉱山仕事だと、太陽の光から得られる栄養素がどうしても不足気味になるの。それで、ドワーフのためにお父様がニチリン草の根を煎じたポーションを作ってあげたのね」

「素晴らしいお父さんじゃないか」

 いいなあ、シルフィア父。こんなに慕われて。


「お父様が亡くなった後は、いつもお姉さまが薬を作ってたんだけど・・・」「この前私が代わりに作って・・・」

 はあ、とシルフィアはため息をついた。

「混ぜるマンドラゴラの分量を間違えて作って納品しちゃったの」

「死人が出たとか・・・?」

 シルフィアは青ざめて慌てて首を振った。

「いやいや、そんなことはないんだけど、みんなお腹を下しちゃって、鍛冶仕事が何日か遅れてしまったんだって」

「うーむ、商品の納入ミスによる重大な損害か・・・」

「ミス」という言葉に傷ついたようで、シルフィアはさらに肩を落とした。


 森はまだ開けない。道は奥へ奥へと続いていた。

 鬱蒼とした木々の間から木漏れ日が射して、時々二人の姿を照らす。


「それで?」

「今から私が謝りに行くの。代金とお詫びの品をもって」

 シルフィアは肩掛け鞄を軽く叩いた。

「シルフィアさんが?いや、もちろん君が原因には違いないが、しかし、差し出がましいようだが、こういったことはもっと年長の店長―お姉さんが行かないといけないんじゃないかね?」

「・・・お姉さまもそう言ったんだけど、もうすぐ魔王様が各村を回る巡幸の行事があって、準備で忙しくってどうしても行けなくなっちゃって・・・」

「それで君が・・・」

「だって私のしたことだし・・・」


 二人はしばらく沈黙していた。極彩色の鳥が時々上を横切る。


「分かった。私も一緒に行ってあげよう。こういう時は年長者が一緒に行った方が心強いだろう」

「本当に?!ありがとう、ケーイチ!」

 シルフィアの顔がパッと明るくなった。

 可愛らしい。田中の頬が自然に緩む。

 もちろん田中にロリコンの気はない。


「ところで、シルフィアちゃんは何歳かね?」

「女の子に年のことを聞くのは失礼よ」

「これは失礼だった。私にも君くらいの年の娘がいるもんで、ついね」

「へえ・・・なんていう子?」

「彩音っていうんだ。生意気でね」

「アヤネ・・・いい名前ね」

 彩音はいい名前で、恵一は変な名前か。そう言えば、なぜ日本語が通じているのだろう。

 今更ながら田中は不思議に思った。


「私はまだ48歳だよ」

「え・・・?」

 48歳?いや、18歳の間違いだよな。48歳って、俺と二つしか違わないじゃん。

「ケーイチはヒト族?ヒト族は山向こうの町に住んでいるらしいけど、この辺じゃちっとも見ないよ。ヒト族は私たちより寿命が短いんでしょ?」

「あ、うん・・・」

 そうなのか??どうやらこの世界では常識の様だ。

 田中は驚きを一生懸命隠していた。

 そうか、ここは地球じゃないのか、つまりこの子たちは宇宙人?

 いや、待て、俺の方がこの星では宇宙人か?

 ライトノベルもファンタジー小説も読まない田中に異世界というものは難しすぎた。


 またしばらく二人の間で沈黙が続く。

 やがて森は切れ始め、小川のせせらぎを跨ぐと徐々に灌木の林となった。

 二人の前には壮大な山脈が見えてきた。


「見えてきた!あれが、ドワーフの里シグルド鉱山!」

 シルフィアが指差す。

 ふと、田中は気になった。

「シルフィアさん」

「はい?」

「私、何か匂うかね?」

「?」

 シルフィアはくんくん、と鼻を動かした。同時に尖った耳が動く。

「枯草みたいな臭いがするね」

「そうか・・・嫌じゃないかい?」

「別に? 枯草が?」

 田中の突然の質問に、シルフィアは不思議そうだ。

「そうか、さあ行こう!」

 何ていい娘なんだ!

 田中は感動に打ち震え、涙がちょちょぎれんばかりとなりつつ、シルフィアの後を追った。

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