第12話 帰り道

【安田純一郎】

娘になにを買っていってやろうか。こう考えた時、私は娘の事を全く知らない事を思い知ったのである。毎日毎日仕事と言って久々の休みを取れても家族サービスどころか自分のことしか考えてなかった。

ふと、明日菜々の誕生日という事に気付いた。

『菜々ももう17歳か』

最後に素直に祝ってやれたのはいつだろうか。最後に買ってあげたプレゼントは何だっただろうか。

なにを買ってあげたら菜々は喜ぶだろうか。

そう考えながらふらふら雑貨屋の中を歩いているとあるものが目に入った。

『万年筆か』

そういえば菜々は来年受験生か。ならこの際こういうものを買うのもいいかもしれない。

そう思いプレゼントを万年筆に決め、店員に声をかけ包んでもらう事にした。

『プレゼント用にしますか?』

『はい。プレゼント用で』


【朝比奈蒼太】

『3日後試合見に行くからな』

『ありがと!絶対勝つね!』

蒼蘭と一緒に夕飯を食べていた時に試合の話題を振ってみた。

『全力でやるよ!勝手も負けても最後だもん!』

『泣いたりするんじゃないぞ?』

『泣かないよ!』

『信用できないなぁ。昔から何かあるとすぐ泣いてたからな』

『む〜、絶対泣かないもん!もうお兄ちゃんの知ってる昔の頃とは違うんだからね!』

『じゃあかけるか。泣くに千円』

『やっぱり自信ない。泣いちゃうかも』

『お前はいいやつだからな。そういう時は泣くだろうさ』

『泣き顔見ちゃダメだよ?』

『んー、難しいな』

『いじわる』

蒼蘭が泣いてるのを見たら多分俺自身も貰い泣きしてしまうだろう。しかし、それは言わないでおこう。勝っても負けても蒼蘭は泣いてしまうと思う。彼女は優しすぎる。

『試合の日はご馳走を作ってやろう』

『ほんとにっ!?』

『ああ。お前の好きなハンバーグだ!』

『やったー!』

こう無邪気に喜んでるところを見るとまだ中学生という事を思い出させる。

『私、勝てるように頑張るね!』


【高井光一】

『もしもし、高井だ。そっちの様子はどうだ?』

『特に変わった様子はありません。今2人で夕飯を食べてると思われます』

『そうか。そのまま続けてくれ』

『了解です』

朝比奈兄妹の自宅に1人派遣したのはいいものの、ここ2日間、なにも動きが無い。

やはり俺の筋違いだったのか。しかし、なぜか諦めきれない。特にあの兄妹に恨みはない。しかし、なぜだ。

『俺も少し歳に負け始めてるのか』

言い訳のように呟いた。

いつもならもっと明確な証拠に早くたどり着ける。しかし、今回は明確な証拠どころかなにも収穫はない。犯人の残したメッセージだけが頼りだ。他に何か見つけられれば。他に、何かないか。

考えてるだけでは拉致があかないと思い、俺も朝比奈家周辺を1人で捜査する事にした。


【安田純一郎】

菜々に誕生日プレゼントとして万年筆を買ったあと、ケーキ屋に寄りワンホールのショートケーキを買った。

『菜々にこうやってプレゼントするのはいつ以来だろうな』

果たして喜んでもらえるだろうか。こんな父親で満足なのだろうか。幸せなのだろうか。そんな普段は気にしたことのない事を娘の誕生日前日になって考えはじめている。その時点で父親失格だと思うが挽回できるだろうか。

自分でもマイナス思考になっていくのがわかる。

『受け取ってくれるだろうか』

そんな心配をしながら自宅へとの道をゆっくり歩いていく。娘にプレゼントを渡すという緊張からかいつもより足取りが重く、道のりがとてつもなく遠く感じる。普段ならこんな事はない。改めて自分自身の肝っ玉の小ささを感じる。

渡すシチュエーション、セリフを考えはじめた時、前方の物陰に人の気配を感じた。

『誰かいるのか?』

そう気配を感じたあたりに声をかけてみる。

反応はない。

『気のせいか』

そう呟いた瞬間、数メートル先の曲がり角の陰から人影が出てきた。

出てきた人が黒っぽい服を着ているためか、街灯が少なく道が暗いためからかよく見えないが右手に「何か」を持っているのがわかる。

その人影がこちらに向けてか歩き出した。

手前にある街灯に照らされその人影が右手に持っている「何か」が見えてくる。

それは銀色に光りはじめた。それは紛れもなく普通の人間が外に持ち歩くようなものではない。

そう、戦国時代に侍が持ち歩く武器。

「日本刀」だ。


『残念だったね』

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目には目を、嘘には嘘で 蘭子 @sorael

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