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八月の中頃のことである。仕事終わりに彼はゴールデン街のバーに向かった。四角いカウンターに十人分の椅子が用意された狭い店内の一番奥に陣取りドイツビールを飲む。ヴルストを一本食べ終えたところで隣にいた女が声をかけてきた。半年ほど足を運んできて初めて見る顔だった。別の客と話していたことを総合すると、留学先のスイスにて日本でいう博士号を取得し現在は帰省で日本にいる、就職は郷里たるこちらで某研究所に勤めることが決まっているそうだ。彼よりは四つほど年上ということになる。
話していると、勤め先の話になった。舌が回ったのは二人ともそれなりに酔っていたからだろう。
「アンドロイドを売っているんです」
へえ、と女は声と息とを吐いた。
「具体的にはどんな」
「要するに、セクサロイドです」
真命題を吐き出すと、女は顔をしかめたように見えたが、それもほんの短い間だった。それでその話題は打ち切りになってしまったが、それ以降話していても女は先の話題によって大きく気分を害し、又それが尾を引いているようには見えなかった。彼は自分の十人並みかやや整ったくらいの顔立ちに感謝した。
その日は土曜日だった。終電の時刻を過ぎて二時を回ったあたりまで二人はバーに留まり、ホテルに向かった。女は臍の下に緻密な蝶の彫物を施しており、尻の大きく、フレンチキスを好んだ。彼は二度ゴムの中に射精し、背後から女を抱き寄せるようにして、女は彼の腕の中に収まり互いの足指を触れ合わせて、眠り、起きると、女は自前のディルドを取り出して自慰に没頭していたので、彼は裸のままコーヒーを飲んだ。
自慰を終えて引き抜かれた張形は糸瓜ほどもあった。顔にかかった髪のいくつかの房の間から女の虚ろな目が見つめてくるのが見えた。行為の最中女は低い呻きのような声と、喉の奥から響かせるような息を吐き、呻きを聞きながら搾り出すように彼は射精した。身支度をしているとベッドの上に転がっていた女は連絡先を書いたメモを手渡してきたので、彼はそれを受け取り、一足先に部屋を後にすると、コンビニでラガービールを買い御苑の一角でそれを飲み午前を過ごした。午後一で渋谷で映画を見るのだ。
屡々というのではないが、顧客と個人的な付き合いをすることもある。その男は仮に薬師Kususiといって、下北沢の一角の、濃い茶色の塗料を塗りたくられた色彩ののっぺりとした壁のアパートの一室に住まいを構えて、新旧入り混じった複数のパイドロイドを所有している。現代の詩を好み、もっぱら自由律を読む。二年前、彼が販売員を始めて間もない頃からの付き合いで、暇を見つけて二人でバーや立ち飲みの居酒屋にくりだすのを楽しみとしていた。ともかくこの薬師には特筆すべき嗜好が一つあって、それはこの人物が自らまぐわっている現場を他人に見られ、また撮影され、その記録を後々鑑賞するのを楽しみにしているのである。
一人で映画を見てから薬師と合流した彼は、バーに入ってコロナビールで乾杯した。薬師は衣服を売る仕事をしており、事実着こなしの技術はかなりのものがあるように思われた。のばしたひげは装いに応じて薬師を実年齢より上に見せたり、あるいは汚らしい感じに見せたりした。髪ものばしていたが、この若干くせのある肩までのびた髪をどうこうすれば流行りの某俳優と似た顔立ちになるのではないか、などと彼は思った。薬師は笑うと目がきゅっと細くなる。
空が暗くなってきた頃合いに薬師の部屋にあがると、ゴミ出しを忘れたとかで、膨れ上がった大きなビニール袋が二つ玄関の隅に追いやられていた。
薬師は薄型テレビを前に陣取って、大画面のすぐ脇にあるラックからDVDを一枚選んで抜き取り再生する。これは薬師の保管している映像の中でも最古級のもので、アンドロイドではないものの精巧な人形と薬師がまぐわっている動画だった。最初は右前側にカメラの視点があって、時折ズームし、しばらくすると左に回ったりした。
「やっぱりいかにもな人形としてるっていうのは多方面の背徳感があっていいねえ」
薬師が言った。動画が終わるとDVDを入れ替えて、二人はまたぼんやり眺めた。今度はやや古い型式のパイドロイドを相手にする動画で、またもや彼も無言で画面の様子を見た。薬師の様子はこれといって食い入るように見ている風でもないが、時折何も言わなくなる時があった。彼は常に薬師よりテレビから遠い位置で動画を見ているから、その時の薬師がどのような表情をしているかはわからない。
パイドロイドには幾つか発育段階に応じた型式があることは前にも触れたが、幼児以下のインファント型、二次性徴前(~小学校中学年)のファイドン型、二次性徴を迎える前後(小学校高学年~中学生程度)のエフェボス型の三つに大きく分けることができる。発育の具合や全身の肉付きはある程度まで個々のケースに応じて対応できるほか、カートリッジ式になるが尿や血液を模した液の嚢も搭載可能である。ただインファント型が幼児以下といっても赤ん坊の姿のものは今のところ取り扱っていない。生産工程のラインの都合とかで、嬰児のものは仮に作るとしても特別に高い値になってしまうそうだ。倫理の問題が強く絡んでいるのではないかと彼はにらんでいた。
近い将来嬰児型もできるかもしれない。きっとできるだろう。良心の呵責を最も強く感ずるのは、最も幼い命を犠牲にしなければならない人々だろうから。
やや脱線したが、薬師はこの三つの型式の中でもファイドン型のパイドロイドを所有していた。胸から腹にかけて輪郭は一直線につながっており、肉付きの少ない体は薄く、陰部は無毛で揃えていた。薬師は人形の背や腰に手をまわして抱き寄せながら射精し、パイドロイドの方も薬師にくっついて、涼しい顔でそれを受け止めていた。
焼酎を割ったものを飲み、買いだめしていた柿の種とピーナツをかじりながら、二人はDVDの録画と、映画を三本見て、そのままその部屋で仮眠をとった彼は、六時頃の電車で自宅へと戻った。
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