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 彼の働く会社が扱うのは、性処理を目的としたアンドロイド(いわゆるセクサロイド)の中でも特殊なもの、すなわちパイドロイド(十四歳以下の女子の姿を模した人型機械)である。社のアンドロイド共通の特徴として内部に熱循環機能を持ち、人間の皮膚を限界まで再現した合成スキンで全身を覆い、全身の関節の駆動はこれまでにないほど人体の動きを忠実に再現しており、高額なものであれば人工筋肉の表情筋をも搭載している。彼が売るパイドロイドも、外見が小さな女子、あまつさえ幼い女児のものさえあるということに目をつぶれば、仕組みだけなら一般的なセクサロイドと何ら変わるところはない。

 問題はその外見にあった。こんなものは性的倒錯者のためのものに過ぎない。他のセクサロイドと比べても肩身の狭いもので、会社は当初店頭で販売することを考えていたが実現できなかった。需要は限りなく狭いが、確実に存在する。

 セクサロイドにはアダルトビデオの女優をモデルにした個体もあるが、パイドロイドには一切モデルが存在しない。厳密にいえば存在するのだが、それはあくまでビッグデータから無作為に抽出された無数の女子の画像および映像記録が基になっているというだけのであって、パイドロイドのデザインに使われるにあたっては収集した画像を集積、平均化している。モデルが存在しないではないが、誰がモデルというのでもない。無数の顔を掛け合わせた「平均的な顔」をしているのである。

 彼はいち哲学徒にして、この機械の機構を微に入り細を穿ち説明することはできない。彼が語りうるのはあくまでその意義だけだ。少なくともパイドロイドは、人間の顔と体を持ちながら、誰でもない。誰を傷つけることもなしに、倒錯した……と、一般にはみなされているところの……性欲を発散することができる。巡り巡って未成熟な女子を狙った性犯罪も減少させることができるはずの機械だった。

 振り返ってみればペドフォビアに毒されていた以前の彼の目を啓かせたのは、レヴィナスとデリダの他者論であり、「己の理解の及ばない領域にある或物」であった。唯物論にとってのYHVH。王党派にとっての共和主義者。民主主義にとってのファシズム。相容れようのない不倶戴天の存在者は、それでも――恐ろしいことに――この天下に現に存在しているのである。誰もその存在する権利を奪うことはできない。思想の自由は何人にも保障されているし、反社会的な欲望の発露であれ、その方法が真に誰も傷つけないものであるならば、それが許されないという道理はどこにもないのだから。

 そういう志でもって彼は今の会社に入って、細々と営業活動を続けている。

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