What for pleasure

金村亜久里/Charles Auson

1

 彼は大学の哲学科を出て、アンドロイド製造の会社で販売員の仕事を得た。その年は偶然ひどい不況で、駄目元ないし滑り止め感覚で受けたその会社しか雇い口がなく、半ば仕方なしに入った会社であり、業務内容を知った両親も必ずしも良い顔はしなかったが、少なくとも人の役に立つ仕事ではあった。

 商品の都合上訪問販売もできないので、その会社では問い合わせを受け次第販売員を問い合わせた個人宅に派遣する。その日も彼は新宿からふた駅先にある白い壁のマンションの一室に向かっていた。ホールからエレベーターに乗って六階で降り、部屋の前で再びインターホンのボタンを押すと、坊主頭の痩せた丸顔の男が出迎えた。白い無地の、しっかりとした生地のTシャツを着て、下は着古して色の褪せたジーンズを履いていた。

「――さんですね?」

 改めて彼は問い合わせてきた人物の名前を確認した。男は、ええ、と簡単にしかし神妙な風に返事をして、彼を奥へ招き入れた。

 居間は綺麗なものだった。リビングとキッチンがいっしょくたになっており、IHを背にして低いテーブルと二つの椅子が向かい合っている。木の天板の上にも、白い樹脂の椅子の座面にも、埃一つない。彼は顧客の清潔への偏執を感じ取った。坊主頭の男が紺色の切子のコップに冷えた緑茶を注いて彼に差し出す。彼の方も鞄から資料を一束取り出して卓上に置いた。コースターは黒い円形で、木のチップを固めて作られたものだった。コップともども以前神楽坂で買ったものだという。まだ男が少年と呼べる時代のことだった。その頃の思い出をも語った。

「カタログと、これは弊社のパンフレット、その下が新型の案内になります。……」

 差し出していく資料を、男は一つ一つ手に取り、ぱらぱらページをめくって目を通す。手は白く指は細い。関節がやや浮き出ている。話しながら彼は、薄い冊子を読む男のまつ毛が極端に短いことに気が付いた。

「最近は値段も下がっていますが、それでも皆さん分割払いが多いですね。オプションも付けたりして、色々改造され方もいらっしゃいます。そういう方は特に分割の傾向が強いです。詳細はこちらの小冊子、それから弊社のウェブサイトにも記載ありますので、是非ご検討を、お願いいたします。何かご質問等御座いますか」

「いえ、結構です」

 丸刈りの男は首を横に振って、念を押すようにそう言った。男は厳密にいえばエフェボフィル(二次性徴発達初期の男女に対する性的嗜好を持つ者)であった。後日注文書を彼は目にしたが、印紙に記された型番は平均的な中学生の女子をモデルにしたものだったのである。

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