目の前にあった輪っかに頸を通してから起きた

バイトに受からない姉とバイトをしている妹が

祖父母の紹介で近所のお茶屋工場に勤めることになった


初日に面接がてらに仕事をしてくれと言われ

妹はお茶の仕事を頼まれるが、姉は何も言われなかった

何も言われなかったのだ

妹が仕事をしているのを ただ見ているだけ

何かないのかと聞こうとしても

祖父母の友人である男性は何も言わない

仕事を見て覚えろというのかと妹の仕事を見ていると

お昼がやってくる




妹がよく聞く子だが姉はまるでダメだ

祖父母の言った通り、姉は本当に自堕落な子だ

妹が淹れたお茶は本当に美味しい

雇うなら彼女だ

何も言わなかったのは仕事を与える気が無かったからだ

どうして空気を読んでやめますと言い出さなかったのか



何を言われたかわからない妹とただニコニコとする姉




遠くで聞こえる 男の孫の姉を無能と囃し立てる声

じゃあ出て行きますね、すいませんとひっそりと出て行く姉の後ろ姿


奥さんが言い過ぎなんじゃというと

馬鹿野郎それぐらい強く言わねえと祖父母さんだって迷惑してるんだって言ってたろ

何も言い返さないのは自分だってそうだってわかっているからだ、

男の声が耳を通り過ぎる




祖父母の電話のたびにそちらに言っていたのは姉で

盆棚やひな壇、お正月ので津代などをしていたのも妹は知っている

祖父母にお茶を入れたのは、妹よりも姉の方が圧倒的に回数が多い

向上心がないと言われているけれど、ただそれは今までの生き方がそうだったからだ

塾を転々と変えさせられ、希望する学部には通わせてもらえず、バイトをすればもっと安全なバイトがあったはずだと言われ 向上心を根こそぎ奪われていった。

種を楽しみにする間に、その場をうばれてていったのだ。

細い苗木のような彼女の心は今、どうなったんだろう。

誰もが誰も、大樹みたいに地面に足をつけて行きているわけじゃないはずなのに、

ふらふらと帰っていく姉の後ろ姿が手折られた曼珠沙華のように思え、見ていられなかった。



人を殺したくないので自分を殺します。

せっかく育ててくれたのにすいません。



模範解答のような遺書だった。

母はいつかこうなるんじゃ無かったかと予想していたようで、ほうと息をつくと、市役所に電話し始めた。

父は遺書を読んだ後、仕事に行ってしまった。

日記から溢れ出たのは私たち家族に関しての記述だった。




三井お茶屋さんは正直なお店でした、ああいう人の作るお茶はきっと美味しいんだろうな。

祖父母がよく飲んでいるお茶屋さんのメーカーでした。

妹と一緒にバイトの面接に行った。仕事をしている妹を見ていることしかできなかった。

祖父母の友人だという人の瞳が、早く死ねといっているようで、怖かった。

祖父母は私が嫌いなら、どうして呼び出したりするんだろう。

よくわからなくなってきた。

仕事をしている妹は新鮮で、少し大人っぽくなっていた。


ニコニコとしていたくせにやっぱりこうなのだ

あの人だって怖かったのに

どうして どうしてだろう


彼女が世話をしていた庭先に視線を移す。

ぽとりと庭の椿が首を落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソレが夢だと気づくのは遅い 佐々下 篠 @nikunikuc

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る