ソレが夢だと気づくのは遅い

佐々下 篠

八月のあくる日に飛び起きた

八月のあくる日 私は夢を見た。

昨年か一昨年かいつ見たのか それは忘れているくせに、

どうしても鮮明に覚えている 内容に私は息ができなくなるのだ。



いつも憎まれ口を叩いている祖父が、隣の畑の方を向いてぼんやりと立っていた。

祖父は戦争の最後を経験した人だ。

俺もいつかは行くのかと勇んだと、孫である私に言ってくれた。

戦争が終わり、俺が初めて知った英語はギブミーチョコレヰトだったと、踏ん反り返って言うような人だった。

顔を合わせれば息の合わない会話をドッジボールのようにする男である。

そんな人をのらりくらりと躱せる母や叔母のようになれず、私はいつも彼と衝突しては顔を合わせていた。

仲が良いとは言えない祖父と孫の関係だった。

唯一仲がいいのは同じと言えることがあることだった。

血液型はおろか誕生日が一緒だった。

この世界は広いものだし、誕生日が一緒の人間なんてザラなものではあるが、血縁関係の誕生日が近いと言うものはなぜか仲がいいものと言われることが多く、私はそんな誕生日というものが嫌いだった。



しかし、あの影は祖父だと顔を見ることもなく私は思った。

ここいら一体は少し年齢を重ねた人間が多いもので、姿格好だけ見ればそこらを歩くご老人と変わらない。

でもあの影は、何となく祖父だと確信したのである。

声をかける前に、祖父は隣の家に向かって叫んだ。

「戦争は終わったぞ。もう終わったんだ。」

骨と皮だけの体から、まるで青年の雄叫びのように大地を震わせるほどの声量があふれた。

誰かに呼びかけるように、しきりに祖父は叫び続ける。

「もういいんだ。もう終わってしまったんだ。」

誰を諭しているのか、叫んでいる方を見てもそこには隣の家の畑が広がっているだけで人影などはない。

祖父が、一瞬言葉に詰まると、ぴかりと隣の家の方が光った。

隣の家が光ったのかと思い目を凝らしたが、光は隣の家の向こうで光っていた。

祖父が叫んだのは、隣の家ではなく隣の家の向こうにいる誰かに向かっていたのだろう。

その光は朝だったはずの世界に突き刺さるように光り、そのうち消えていった。

目が眩んでしまい、瞼をゴシゴシとこすると、叫んでいた祖父は肩を落としていた。

相変わらず顔は見えないが、先ほどまで肩をあげていた姿と相反してその背中はひどく小さく見えた。

声をかけることができない。口を開いて喉を震わせても声が出ないのだ。

祖父に近づくことができない。熱中症になった時のように手足が重く指ひとつすら動かすことができないのだ。

幼い頃から世話になった私の大きな祖父が、小さな蝋燭のようになるのを見ることしかできなかった。


人生を蝋燭に例える人がいる。

身体に見合わない声を出して生まれ落ちた時に、炎が灯される。

産声のように勢いよく燃え、次第に火は小さくなる。

長らく周囲を明るく照らし、蝋が消える瞬間、最後っ屁のように大きく燃える。

人間に例えられたそれは、叙情的で美しい。

消える一瞬すらも静かに消える様は人間の一生というにはすこし、きれいすぎるようにも思えた。


これは私が見た、八月の半ばの日の朝の夢だ。

どうして祖父が出てきたのか、何が私にあの夢を見せたのか。

何一つわかりはしない。ただの夢だ。

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