間章:大いなる遊戯
主星系を遠く離れた、銀河系内某所。転移航路網を成す
広漠たる恒星間空間をゆく、一隻の船がある。
長径およそ二千キロメートル。人類宇宙に現存する、最大級の人工物のひとつ。かつて六百年続いた流亡の時代――
長征の果てに見つけた現主星系を新たな本拠地と定め、統一銀河連邦が発足した後も、この巨大な
すなわち暗号通貨〝カルム〟の発行・管理を行い、その価値の源泉たる超光速通信の中央交換局を併設する、
そして、多くの連邦市民が知らぬことながら、星華グループを経営する銀河貴族・カノーヴァ本家の所在地でもある。
その船の名を、天航都市ハルニカという。
ハルニカ深部。甘い花香で満たされた、広大な温室にひとり。
焔のきらめきを頭上に戴く、赤髪の少女が立っている。
「――〝テオフラスト〟が主星系を出たようね、
葉陰から音もなく姿を現すは、黒装束の男。
目元以外を覆い隠す、
「いかように、処されますか。出迎える、あるいは」
「手出しは無用。観察と記録を続けて」
「明らかに危険であっても、静観してよいと」
「いかなる意味で彼らが危険であっても、介入は許可しない。……そう言えば、充分かしら」
「御意に」
「空是、わたくしはね……
観客として見守るか、
黒衣の男、空是は答えない。身じろぎ一つしない。
それでいい。少女は知っている。
「いま、数多の力ある
赤髪の女、シャーロット・フランシスカ・カノーヴァは思いを馳せる。
去来する面影は、最高の
革命家、ニコラス・ノースクリフ。
銀河貴族、フォルカステ・アーレブリュート。
警兵、ボリス・ヴァシリエーヴィチ・パデレフ。
科学者、ロギエル・ロートヴァンク。
そして、主星系を発った〝テオフラスト〟の背後に見え隠れする、同じ〈
他にも続々、見所ある差し手たちが控えている。すでに銀河系は群雄ひしめくエネルギーの渦。そのダイナミズムこそ、シャーロットが求めたもの。
千年の倦怠を破り、いま〝歴史〟が目覚めようとしている。
「贅沢な時代ね。長く生きた甲斐があったというもの……あら?」
空是の視線が上へ動くのを察し、シャーロットはその先を見やる。
「しばらくぶりですこと、聖下。貴方もメインプレイヤーとしての扱いをご所望かしら」
誰何の必要はない。セキュリティに見咎められることなく、この温室に〝出現〟できる者など、空是とその配下を除けばただ一人。
宙に浮かぶ、四次元立方体の展開図。
磨き抜かれた床にラテン十字の影を投げるそれは、投影体でも
【余は
八つの立方体からなる超十字架が発する音は、
星導派キリスト教会最高指導者、その異形と権威にいささかも怯まず、シャーロットは愉悦の笑みを返す。
「〝悔い改めよ、天の国は近づいた〟……貴方がわざわざ出向いてくるということは、そうなのね。意外と早かったわ。
結構よ。神がエントリーしてくれるなら、
【
嘲弄するでもなく、純粋な疑問の響きを帯びた〈超越教皇〉の問い。
容姿相応の幼い気軽さで、魔女は答えた。
「どうかしら。対人戦には不慣れかもしれないでしょう。
――神は、孤独なのだから」
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