ミハイロヴィチ・ディミトロフ(3)

「艦長ー。入管方面の捜査を指揮している、ルドルフ・ゲーンハイム三等巡佐より入電ありました」

 試運艦〝テオフラスト〟戦闘指揮所CIC邏将補フィザーダム・シスタスミハイロヴィチ・ディミトロフは、主星系各所へ同時並列的に連絡を飛ばしていた。

 距離の近い主星近辺にはCJPOの通常回線で。遠方には、高価な超光速通信を用いて最小限の圧縮テキストデータを送っている。そのうちの一つに、返信があったところだ。

「税関で、エジモンドを手引きしたという男を逮捕。拘禁し、事情聴取を執り行っているそうです」

 ミハイロヴィチは頷く。ヴァナー・エジモンドが組織に属さぬ単独犯だと読んだ時点で、字義通りのではない可能性も考えてはいた。

 本当にすべての計画を一人で実行したとするなら、いち運送業者が星系入管の貨物検査を欺いて禁制技術兵器を持ち込んだことになる。いかに十年単位の準備期間を費やそうと、CJPOの布く対テロ危機管理体制は、本来そこまで甘いものではない。

 しかしに協力者がいれば、話は別だ。地球時代アース・エイジより現在に至るまで、どんなに危険物発見の手管が進歩しようと、それを運用する人間が最大のセキュリティホールであることに変わりはない。

「そいつの素性は? ゲーンハイムならば連絡を寄越す前に吐かせているはずだ。〝ハロルド禍〟の関係者か?」

 連絡を寄越した三等巡佐コルダント・ティアート、ルドルフ・ゲーンハイム。知らぬ名ではない。かつてミハイロヴィチの薫陶を受けて警兵のいろはを学び、巣立っていった世代の一人である。

 軍人というよりは刑事らしい手管にすぐれ、その捜査能力を活かすため、艦隊勤務から地上警兵に転属となった男だ。地上といっても、軌道施設や小惑星で事件が起きれば、こうして出向きもする。

 彼が税関に来ていたのは偶然だが、組織内に敵の多いミハイロヴィチにとって、信頼できる元部下から報告を受け取れるのは願ってもないことだった。

「少々お待ちを……被疑者氏名、リザレス・ネグリ。原男性、四十八歳。聴取内容はまだ来てません。向こうで概略を編集中ってとこでしょうか。

 とりあえず名前と顔写真が先に届いてるんで、こっちでも検索サーチかけてみますね。まだ主星から近いですし」

 こともなげに言うと、ジェシーの投影体がノイズで霞んだ。門外漢のミハイロヴィチには内容を窺い知れぬ、何らかの高速演算に没入したものであろう。

 いかに拘留中の被疑者とはいえ、個人情報をそう簡単に取得できるものではない――正規の手順に従う限りは。

 しかるにジェシー・ロックウェル・クシウスが急場に用いる手管はの手順であり、彼女の非凡なハッキング能力を見込んで部下に引き抜いたミハイロヴィチも、その点は黙認している。

「ええと……ん、この人もCJPOうちのデータベースに情報ありますね。ていうか警兵です――えっうそ、? 階級は哨尉補ルクトール・シスタス。貨物検査部門の、禁制技術物品担当官として、本部から派遣されてます」

「機構本部の、現役警兵だと?」

 ミハイロヴィチは絶句し、黄道面に対する天頂方向を仰いだ。

「技術管制法群の番人たる警兵が、禁制技術テロに加担したというのか。それもこの主星系で。何たる醜聞――」

「お、いや、待ってください。〝ハロルド禍〟の関係者でもありますよ、この人。二十二年前、フォルグ星圏へ送られた救援艦隊の、先遣隊クルーの一人です」

「次から次へと、頭の痛くなる話を……!」

 救援と銘打っておきながら実際は一人として助けられず、幾億の命を宇宙に散らした、あのの一員だったというのか。

 そうであるなら、いったいどういうわけでエジモンドの復讐に手を貸すのだ。逮捕されたリザレス・ネグリなる男はむしろ加害者であり、復讐される側の人間であるはず――。

 発想の転換が必要かもしれぬ、と思い始めたところで、ジェシーが新たな入電を告げる。

「お待ちかねのネタが来ましたよ。ゲーンハイム三等巡佐より、事情聴取の要約です」

「解凍せず、そのままこちらへ転送しろ。私がじかに検める」

 セキュリティクリアランス上、ジェシーが見てはならない情報が含まれている可能性を考慮しての命令。彼女もひとこと目でそれを察して、何も言わずにメッセージを転送パスしてくる。

 ミハイロヴィチはローカル仮想空間で圧縮データを復号し、ゲーンハイムが要約したネグリ哨尉補の事情聴取記録を読み始める。

 要約であるにもかかわらず、長いレポートだった。

 ネグリは取り調べに対し協力的で、質問に黙秘や虚偽を返しはしなかったようだが、進んで語ったというエジモンドとの関係が、とかく込み入っている。

「……二十二年前に、エジモンドのナノ薬剤密輸入を検挙した張本人が、この男だと」

 エジモンドの調書を読み返す。逮捕の実績が書かれているのみで、どこの部隊にどのような経緯で捕らえられた、などという詳細の記載はない。

 記述が無いということは、矛盾もしない。

〝ハロルド禍〟という未曽有の生体災害に巻き込まれた妻を救うべく、技術レベルの進んだ支分国から高度な医療分子メディキュラーを持ち込んできた夫。しかしフォルグ星圏の入口まで辿り着いたところで、ちょうど乗り込んできたCJPOの救援艦隊と鉢合わせ、臨検を受けて禁制技術物品の搭載が露見。そのまま逮捕され、妻とその故地を救うことは叶わなかった。

 そのときエジモンドを捕らえたのが、いまも入管で取り調べを受けているであろう、ネグリという男だった――。

「なんという間の悪さだ」

 機密だったはずの〝高強度緊急危機管理手順カルネアデス・プロトコル〟発動について、一介の鉱山技師が知り得た経緯の謎も、これで解ける。

 事情を知る関係者が、機密情報を漏洩したわけではなかった。ヴァナー・エジモンドは、難民たちの船団が救援艦隊によって撃沈されてゆく、まさにその居合わせていたのである。

 照会の結果、レナ・エジモンドが脱出船団に乗り込んでいたことは判っている。つまりは彼女がで死んだということも、また確かな記録上の事実。

 救う手立ては、法を冒してまで運んできていた。職も、社会的地位も、すべてを失う覚悟だった。

 そうして持ち込んだ医療分子を使うことも許されず、公権力の無情な判断によって、目と鼻の先で妻を殺された男。

 いまや因果は一本の線を成している。エジモンドの凄絶な過去は、二十二年越しの報復テロという狂気を、生むに足る動機と思えた。

「あとは、ネグリ哨尉補の動機だが――」

 レポートの先を読まずとも、もうミハイロヴィチには予測がついていた。二人の関係性が判明した以上、難しい推理ではない。エジモンドを衝き動かすものが復讐であるなら、その片棒を担いだネグリの行動原理は、あるいはにある。

 聴取の続きで、ネグリは自供している。

 その手で逮捕したエジモンドの絶望に同情し、救援艦隊のあまりにも無体な対応に、自らも妻子ある一人の男として、後ろめたさを感じたこと。

 主星系へ戻り、CJPO本部に転属となってからも、ずっとエジモンドのその後を気にかけていたこと。

 投獄されていたエジモンドが刑期を終えて社会復帰したとき、折しも主星系の税関に派遣されていた立場を利用して、運送業者への再就職など、あれこれと便宜を図ってやったこと。

 そうして、いつしかエジモンドに頼まれるがまま、非合法な積荷の検査結果を誤魔化すという犯罪に、ずぶずぶと手を染めていったこと――。

 ――助けてやりたかった。

 ――これまで本当に危険な品物は持ち込まなかったから、ある種の信頼が出来上がっていた。

 ――寝耳に水だった。今回の事件について、自分は何も聞いていない。

 ――まさか大量破壊兵器などをいきなり積んでくるとは夢にも思わず、いつものように貨物検査をパスさせてしまった……。

 取り調べにて、核兵器テロの話を聞いて震撼したというネグリの供述は、かく語る。いまにしてミハイロヴィチの立場から見れば、十数年にわたる無害な品物の密輸こそ、今日このときにを持ち込むための偽装信用形成カムフラージュだったとも考えられる。

「情に付け込まれ、罪の意識を利用され、あげく裏切られて、大量殺人の共犯者となるか。責ある警兵が、無様な……。

 ともあれ、これで主犯と共犯の動機は揃った。エジモンドが組織に属さず、個人として動いていることは確定だ。あとは核の入手経緯だが」

 ぶつぶつと呟きながら思考を整理していたミハイロヴィチは、そこで言葉を切った。

 禁制技術の出どころについて、ひとつのは立ててある。だが確かめるには、畢竟エジモンド自身の持つ情報を手に入れねばならない。記憶、あるいは記録を。

 最も重要なその情報についてだけは、武装コンテナ船を拿捕すべく向かわせた二人の若者に、首尾一切を任せるほかない。

「犯罪者と新兵に、捜査の要を託す――掃き溜めの部隊に相応しい船出だな」

 企業連のご機嫌伺いに奔走する上層部が、ミハイロヴィチという異分子を体よく前線へ追いやるために急造した部隊だ。それゆえ人材も装備も、まともな部隊では扱えない曲者が揃っている。

「艦長ぉ。それ、わたしも含めて言ってます?」

 耳ざとく聞きつけたジェシーが抗議する。掃き溜めに集められた塵芥の一粒に数えられれば、いい気はしない。

「怒るな、クシウス。お前のような規格外品を通常業務に置いておけば、いずれ能力を持て余して、技術犯罪者にでも落伍ドロップアウトしていただろう」

「怒りたいけど、実際ありそうだからなんも言えないですねー。いま使ってるツールなんかも、けっこう法的にやばいやつありますし」

「……聞かなかったことにしておく」

 ミハイロヴィチは警兵帽を正し、ジェシーを筆頭とする主要な〝問題児〟たちの顔を思い浮かべた。

 度し難い無能者ばかり、というわけでは決してない。いずれも、使いこなせば強力な武器となる潜在力ポテンシャルは秘めている。派閥に囲い込まれておらず、かつ有能な人材をと望めば、どうしても癖の強い連中が集まることになる。

 そうした人的資源を確保できたのは、数少ない味方であるトマス・カノーヴァが、上級邏将シフ・フィザーダムの権限で手を回してくれた結果だ。この〝テオフラスト〟を母艦とする試運部隊の体裁が整っていることは、組織内政治に背を向けてきた己の立場を鑑みれば、望外の僥倖と言えた。

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