ルイス・ルービンシュタイン(1)

 出航を間近に控え、〝テオフラスト〟の格納庫は混沌と喧騒の渦中にあった。

 人型全領域戦闘機シングラルをはじめとする最新鋭の兵器たちが、子供の散らかした玩具を箱へ投げ入れるようなペースで積み込まれていく。

 本来なら資材の搬入など、スケジュールに余裕をもって行うべき作業である。しかし試運艦の可搬質量ペイロードは有限であり、その枠に自社製品を押し込みたい星間企業たちの調整は常のごとく難航した。

 結果、コンテナの開封や機材の組み立てを先送りし、最低限のセキュリティ検査だけをどうにか通して、出航直前に詰め込む羽目になっている。


 コンテナと作業員と輸送ドローンが行き交いごった返す搬入口。その端から、一人の男がひらりと格納庫内へ舞い込む。

 長身痩躯、蓬髪の男であった。

 身に纏うは警兵服。まごうことなき正規品。しかし多機能繊維の清廉な白さは、野獣めいた気配を漂わせる男に、まるで似合っていない。これ見よがしに両手首を固める角ばった手枷だけが、唯一かれの身を飾るに相応しい品と見えた。

 その男、ルイス・ルービンシュタインは、ドローンの一体を蹴った反動でキャットウォークへ向かい、手すりを掴んで痩身を翻した。無重量環境に慣れた者の、軽捷な身ごなしである。

 通路に〝着地〟した彼を、かちり、かちりと金属の打ち鳴らされる音が出迎える。

「お見事、お見事。相変わらず、馬鹿でかい電子手錠を嵌められているとは思えん器用さだよ」

 乱髪の隙間から、ルイスの視線が金属音の源を捉える。

 義手だ。人工皮膚もかぶせず、メタリックな機械部品をむき出しにしたサイバネティクスの両腕。それが拍手している。かちり、かちり。

 応じてルイスも、両手首をがっちりと銜え込んだ〝馬鹿でかい電子手錠〟を掲げてみせる。

「十年来の付き合いだからな。身体の一部みたいなもんさ。ハービス、あんたの椅子と同じだよ」

 義手の持ち主、トロックス・ハービスはほとんど機械の塊だった。腕以外にも全身の大半をサイバネ置換し、要塞のごとき浮椅子ホーヴァチェアターミナルと接続されている。目に見える生身の部分は顔の下半分のみ。上半分は、頭蓋と一体化した増設脳ヘッドギアに覆われて、見えない。

 皺だらけの皮膚からいちおう老人らしいと推測はできるが、主星系においては外見年齢などファッションでしかなく、あえて老けた顔を作っているだけかもしれない。それは個人の自由だ。ルイスもあえて詮索しなかった。

 接続された男。しかしその声には、意外なほどの生命力がある。

「しばらく会わんうちに、ライセンスホルダーになったそうだな。特権の塊なのだろう、あれは? 上官命令を拒否できるとか、戦争犯罪を訴追されないとか、凄まじい噂をちらほらと耳にする」

 ルイスは首を斜めに傾け、否定とも肯定ともつかぬしぐさをした。

「一部は事実で、一部は誇張だな。命令拒否権は二階級以内に限られるし、罪にも問われないわけじゃない。ただ、戦闘や捜査の過程で連邦法に違反したとしても、それがだったと説明できれば、たいていのことは不問に処される」

 ひェ、ひェ、と息を吸いながらハービスが笑う。

「充分恐ろしいよ。独断行動の免許を持った警兵パトルディア。ましてやよりにもよって、グラディアトールがそんな強権を持つとなれば……」

「市民からは憎悪の的。CJPOメガリスの中でも、まあ蛇蝎の如くだ。笑えることにはウォジェコフスキーの野郎、これで俺を餌付けしたつもりらしい。大量虐殺ジェノサイドのご褒美で。まったく――ふるえるよ」

 ルイスが肩をすくめ、ゆっくりと首を振る。

〝メガリス〟とは連邦統合治安維持機構CJPOの俗称で、「警察ポリス組織を超越した巨大メガ権力」を巨石メガリスに準えた、どちらかといえば諷刺的な踏韻である。そのような呼び名を、ルイス・ルービンシュタインはあえて使う。

「で、新しい玩具おもちゃは入荷したのか」

 世間話でもするように己の近況を語ったルイスは、通常の船員昇降口でなく格納庫へ直接入ってきた理由を持ち出した。

 ハービスの頭上に立体画素が渦巻き、矢印を形作る。ルイスがその先を見ると、格納庫の奥に見慣れないシングラルが三機並んでいる。

「あれか? メーカーはどこだ」

「右はブラックスミス・システムアームズの砲狙撃戦用シングラル〝プロト・ケーニギン〟。アクターはローレンスとかいう傭兵だと聞いている。吾輩と同じ、世評を気にせぬハード・サイボーグだともね」

 同類が乗り込んでくると知って嬉しいのか、ハービスが上唇を尖らせて笑う。ルイスは聞き流そうとしていたが、アクターの名に覚えがあった。

「ハードサイバネの傭兵で、ローレンス……〈屠人鬼スローターエド〉か。なんとまあ」

屠人鬼スローターエド〉。捕虜にした敵兵を拷問・虐殺し、その記録映像をネット経由でスナッフ・ムービーの愛好家にばら撒いている、と評判の男だ。

 噂の真偽について、ルイスは知らない。興味もない。味方として肩を並べる分には腕さえよければ文句はなく、敵として対峙するなら殺せば済む。同業者との関係など、所詮これに尽きる。

 ハービスはアクターよりも機体の方に興味があるらしく、設計や性能にあれこれと論評を加えている。

「はっきり言って、あまり完成度の高い機体とは言えんね。名の通り、あくまでプロトタイプだ。あれの実戦データをもとに調整したモデルを、正式な〝ケーニギン〟としてロールアウトしようというわけだよ」

 ルイスは件の機体に焦点を合わせ、視野に拡大ウインドウを投影した。〝プロト・ケーニギン〟の外観は、丸く張り出した肩部や円柱状の装甲に包まれた手足が特徴的だ。輪郭は太いが、関節部や装甲の隙間から覗くフレームは異様に細い。がりがりに痩せた人間が分厚い甲冑を着込んでいるような、アンバランスな印象を受ける。

「見るからにピーキーって感じか。ブラックスミスの変態ども、相変わらず楽しい仕事をしてるようで何よりだ。

 俺が乗る機体でないなら詳しいことはいい。左の派手なのは?」

 今度はハービスが、ルイスの前に拡大画像を送って寄越した。

「ヴィンチェスター・クリークス・マティーリエ製、最新ハイエンド機種〝ストームブリンガー〟。面白そうな技術を大量に使っているようだが、メーカー派遣の専属エンジニアチームがべったり張り付いていて、なかなか触らせてくれん」

 左の機体は尖っていた。巨大な肩部アーマーも、埋葬されたファラオのマスクを思わせる頭部パーツも、末端という末端が鋭く尖っていた。そして装甲を黄金に縁どるアラベスクじみた紋様。兵器というにはデザインが華美すぎる。少なくともあの貴族趣味的なレリーフは、量産の暁にはオミットされること疑いない。

「まあ、吾輩ともなれば外装エクステリアを見るだけで解ることは多い。野心的な設計だよ。あの会社が得意とするMAUS系列技術を活かし、武装のほとんどを外部化することによって――」

 機体運用のための人員も込みで送り込んできているということは、アクターもヴィンチェスター社の生え抜きであろう。つまりあの〝ストームブリンガー〟も自分が乗るシングラルではない。

 自説と推論を垂れ流すハービスに構わず、ルイスは中央の一機を拡大投影する。

「となると、俺が使うのはあれか」

 白いシングラルだった。

 三機の中ではもっとも大人しい造形で、腰背部から伸びた二基のテールスタビライザーを除けば、シンプルな人型の範疇に収まっている。見た目の奇抜さが一切ない、いかにも堅実なつくりの機体という印象であった。

「面白味のないデザインだ。ひと目でわかる。どうせハーディマンあたりの新型だろう」

「んむふふ! ひどい言われようだ。あれはエルフェンバイン研究所が四百億リナールを投じて作り上げた最高傑作だというのに」

「ほう」

 ルイスの目が訝るように細められる。反応したのは金額ではなく、組織の名だ。

 エルフェンバイン研究所。主星ハル・シオン、第七浮遊大陸、エルフェンバイン大学の一角を占める公営研究機関。ハービスも本来はそこの所属で、いまは技術顧問としてCJPOに派遣されて来ている身である。

「エル研にシングラルが作れたのか。初耳だ」

「聞いておらなんだのか? 確かにハーディマンからの技術提供は受けたが、設計そのものは吾輩のオリジナルだ」

 ハーディマン・インタープラネタル・ロボティクス――名機〝グラディウス〟を世に送り出した、大手老舗メーカーである。シンプルかつ堅牢な機体設計で、現場のアクターから人気が高い。

 対してエルフェンバイン研究所にシングラルを作った実績はなく、ルイスの認識もせいぜいが、ハービスのような狂人を公費で飼っている隔離実験場といったところ。

 おまけにあの白い機体を設計したのが、ほかならぬトロックス・ハービスだという。

「心配はいらん。エグザクターを退屈させるような、つまらん代物を吾輩が作ると思うか」

 心配すべき理由しかない。まともな試験機乗りエグザクターなら、即座に搭乗機の変更を申請するところだ。

 しかしルイスは他人事のように一笑した。

「いいや。たぶん、加速キックした瞬間に機体が空中分解するんだろうな。そりゃあ退屈しない」

「なんたる愚弄……謬見! いいかね、あれにはが搭載されているのだぞ!」

「たかが一兵器に、そんな大層なもんが積んであってたまるか。お義理で聞いてやるが、どんなシステムだって? 言ってみろ」

「それは言えん。革新的な技術をいくつも投入してあるが、まずはエグザクターに情報を与えていない状態でのデータが取りたいのだよ」

「んなこったろうと思ったよ」

 エグザクターに言えないような新技術とは、十中八九、危険な代物である。乗れば死ぬかもしれない、と直感が警鐘を打つ。ルイスはその音を無視した。己の生に執着する資格など、とうにない。

「いいさ、乗ってやる。いま出せる限りの情報をよこせ」

「んッふふ! その潔さこそ、吾輩が君を推した理由だよ……シミュレーションによれば、君が最適任なのだ。君に合わせた調整もしてある」

 ルイスの仮想視界に、白いシングラルの3Dモデルがダウンロードされる。立体像の周囲に詳細な機体情報。

 機体名〝ノーバディ〟。本体重力制御能、およそ一五〇万G。標準武装、フォトンエッジ・リパルサーブレード――

「手持ちの武器が、リパルサーブレード一本しかないようだが」

「もちろん、標準規格のシングラル用携行兵装はひと通り使用可能だよ。しかしこの剣は新型でね? データ収集効率を上げるため、当座はこれ一振りで戦ってもらいたい」

「無茶を言ってくれる」

 漆黒の刀身を持つ大剣。たったひとつの標準武装。その縮小投影像を手の上で回しながら、ルイスはやはり他人事のように感想を述べる。

 戦場が有人惑星に限られるなら、これでも充分だった。フォトンドライバーの出力に制限が掛かる大気圏内では、事実上リパルサーブレードが対シングラル戦で唯一の決定力となる。

 だが星間宇宙に出れば、戦闘の基本は撃ち合いだ。ルイスは接近戦インファイトが苦手なアクターではなかったが、クロスレンジに入るまで一方的に撃たれるだけというのでは、非効率にもほどがある。撃って落とせる敵を、なぜわざわざ寄っていって斬らねばならないのか。リパルサーブレード一本で戦えとは、そういうことである。

 ハービスは彼の抗議を予見していたらしく、先を制して答えた。

「新型と言ったろう。この剣はただのリパルサーブレードではない。エッジ全体が編光晶体ルミナリスタで成形された、巨大なレーザー発振器でもあるのだ」

 つまり、フォトンドライバーの機能を兼ねた剣ということらしい。合金製の指が、しなびた顔の下半分を指す。

「ちなみにこれも、吾輩の設計ね」

「へえ、武器は面白そうなのを作るじゃないか」

 ルイスの口調はさほど面白そうではなかったが、ハービスは功を誇る幼児のごとく、相手の反応など目に入れていなかった。

「武器だけではない。こいつは単純な機体性能でも〝グラディウス〟を遥かに超える。件のシステムを使わずとも、君が乗れば文字通り、戦場の特異点シングラルだ。スコアが稼ぎ放題というわけだな」

「うれしいね」

 これまた、嬉しそうには聞こえない平板な声だった。

 自分が乗ることになる機体の性能が、いかに優れたものか。設計者から直々に力説されても、ルイスの面持ちは冷めている。

 シングラルは点数スコア稼ぎハントの道具だ。乗って楽しい玩具でもなければ、相棒などと呼ぶべきセンチメンタリズムの対象でもない。

 乗れと言われれば乗る。乗って戦う。戦って、殺し、新しい機体が来たら乗り換える。それが試験機乗りエグザクター、ルイス・ルービンシュタインのキリングサイクル。矜持も欲望もない。ただ虚無だけがある。

 さすがにルイスの返事が棒読みなのを察してか、ハービスが複雑な色合いでヘッドギアを光らせた。親切にもクエスチョンマークの仮想アイコンが頭の脇に表示されているあたり、疑問・怪訝を表す発光パターンらしい。

「君、前から訊こうと思っていたのだが……戦功スコアを稼ぐことにこだわるわりに、まるで自分のことに興味がないと見えるな。いったい生きて自由になりたいのか、戦場で死にたいのか、どっちなのかね?」

 失礼な言いようだったが、ルイスは他人に礼儀を求めない。ハービスはそれを知っていて、単刀直入に尋ねるのである。

 痩身のグラディアトールは俯き、くっくと笑った。顎を引いた拍子に前髪が落ちかかり、その表情を隠した。

「生きるべきか、死ぬべきか――そんなことは問題じゃない」

 ルイスはキャットウォークの欄干に足をかけ、〝艦橋ブリッジ〟へ続く艦内通路に向けて、身体を押し出した。

操手槽コフ・ポッドを見ていかんのかね?」

「後にする。ディミトロフの爺さんがお呼びだ。ご丁寧に、基底現実でしっかり肉体を持って参上せよ、とさ」

 宙を流れつつ、艦橋からの召集令状をハービスにも見えるオブジェクトとして仮想視界に表示する。

「艦長も古風なことだ。投影体ならともかく、わざわざ物理実体で挨拶に来させるとは……」

「顔見せ兼、本人確認ってところか。投影体だけじゃあセキュリティ的にまずい。チェックを指揮官自らやる必要はないがな」

 ハービスの飛ばして寄越したメッセージタグが、召集令状の下に仮想ピンで留められる。【第一格納庫、技術実証機〝ノーバディ〟専用ハンガー、QFI調整】とあった。スケジューラにイベントが追加されたことの視覚的表現だ。

「終わったら戻ってきたまえ。あの機体のクオリア・フィードバック・インターフェースを、君の補助脳に合わせて最適化しなければならん。特に視床との接続はデリケートだ。戦闘中に、立体画素ソリッド・ピクセルの描画ラグで敵機を見失いたくはなかろう」

 ルイスは肩をすくめただけで応じ、振り返ることはなかった。


 艦内通路に入り、弱い人工重力の効いた廊下を歩き出す。足を動かしながら考えるのは、これから向かう艦橋でのディミトロフ邏将補との対話ではなく、自分が乗ることとなった白いシングラルについて。

 機密の塊。乗り手にすら全容が明かされない、ブラックボックスだらけの実験機。見事なまでに、厄が臭う。

無名者ノーバディ取るに足らぬ者ノーバディ誰でもないノーバディ――か」

 少なくとも名前だけなら、自分には似合いのマシンだ。

 ルイスは薄く笑おうとして、それさえ億劫になり、やめた。

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