間章:〈大喪失〉
かつて、人類は信じた。
歴史はより良き未来を目指す文明の歩みであり、テクノロジーは世界を豊かにするものであると。
たとえ歴史上に、戦争や差別をはじめ数多の悲劇が累々と横たわっていようとも、いつかは――やがていつかは、そうした悲劇からすべての人間が解放された未来がやってくるのだと信じた。
テクノロジーは銃を、毒ガスを、核兵器を、その他あらゆる殺戮の道具を生み出すが、最後には人の生活を助け、傷や病を癒し、飢餓や貧困を永久に駆逐するに至る、叡智の力であると信じた。
進歩史観。未来への希望的観測。科学技術への素朴な信頼。
その果てに、史上初の第一種自律知性〈
〈
少なくとも――人は、そう信じた。
十年と経たぬうちに、
自律知性〈
より善く、より賢く、輝かしくあったはずの「未来」が、人間に牙を剥いたのだ。
人類種そのものの絶滅を目論むに至ったAIと、有史以来はじめて一丸となった人類文明との間に、地球圏最後の戦争が行われた。
〈特異点戦争〉――後世の歴史はそう呼ぶ。記録は散逸し、惨劇も英雄的活躍も、多くがいまに伝えられてはいない。
確かなのは、人類が全人口の過半数を失いながらもこの戦いに勝利したこと。
そして、生き残った人々も太陽系を捨てねばならなかった、ということ。
〈特異点戦争〉最終局面において、全人類の団結の前に敗北を悟った〈
狂ったAIが滅びたのちも、恒星のプラズマ球は破滅的収縮を続け、やがては小さな
地球は蒸発する。火星も木星も、冥王星もオールト雲も、等しく消し飛ぶ。太陽の爆発までに残された期間は、わずか二年。人類は待たなかった。播種船団を作り上げ、外宇宙への脱出を企図した。
時間は、足りなかった。AIとの戦争で荒廃しきった文明に、往時の生産力もそれを支えるインフラもありはしない。
限られたパイを奪い合う、悲劇と混乱の日々。
やがて無限の深淵へ旅立つそのとき、船団に乗り込めたのは残人口のさらに半分でしかなかった。
絶望の船出。未来に裏切られ、過去を失い、母なる星を追われ、生き残った同胞の半数をも見捨てて、人類はあてもなく宇宙を彷徨う孤児となった。
無窮の闇へと漕ぎ出す、大いなる逃亡。
その船出を、のちに人は〈
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