第36話「回想」

「落ち着きましたか、ゴーガ様」

 目の前には不安そうな顔で見つめるピアニッシモがいる。


 俺は、左膝から先と、左腕を失った。

 その事実に気づき、柄にもなくわめき叫んで、そしてそのまま眠ってしまったらしい。3年も眠っていたということもあって、まだ自分の体の感覚がよくわからない。


「……ああ、落ち着いた。あれから、何があったのか教えてくれないか」

 俺は、ピアニッシモに問いかけるとともに、改めて周囲を見回した。

 ここはどこだ? 感覚的にベッドに寝かせられてるようだが、どこかの洞窟のようだ、少なくてもちゃんとした建築物の中ではない。岩壁がランプに照らされて、オレンジ色の凹凸がはっきり見て取れる。


「ゴーガ様、もちろん必死に促進魔法使ったんですが、やはり完全に失われた身体を取り戻すことはできなかったんです。本当にごめんなさい」

 涙ぐんだ声でピアニッシモは訴える。

 性格的に3年間促進魔法をかけ続けたんだろうな。やつれて見えるのはそれのせいか。まあそんなことはこの際かまわない。


「ピアニッシモ、失われたものは仕方ない。一命をとりとめて、意識を戻してくれただけで十分ありがてえ。そんなことより知りたいのは、なぜこういう状況になったのかと、世界がどうなったかということなんだ」


「ゴーガ様、こういう状況とはどういうことですか」

 涙をぬぐいながらピアニッシモは首をかしげる。

「なぜ、俺は身体を失った。そしてなぜ助かった? そして助かったわりにこんな、洞窟のようなところで生活してるのはなぜだ」

 俺はなぜを連呼した。

 意識が戻った俺には、疑問しかなかった。周囲に敵はいなかった、そして俺の体を失わせるような強力な魔法を使えるやつがいるなら俺が知らないはずない。

 オリオマイトを使ったのか、しかし俺の体はたとえオリオマイトの直撃を受けたとしても飛散したりはしない。


「ゴーガ様、敵はおそらく新兵器を使いました。ドラゴンに乗った私たちは、地上の大爆発を見てすぐゴーガ様のところに向かったのです。その時ドラゴンともモンスターとも違う、飛行物体が上空を飛んでいるのを見ました。そいつがおそらくゴーガ様に何らかの攻撃を加えたのだと思います」

 ピアニッシモは身振りでその飛行物体の説明をする。それは何でも鳥に似てはいたが、羽ばたいたりはしていなかったし、ブーンという妙な音を立てていたという。

 いわゆる向こうの新兵器の戦闘機じゃないかとピアニッシモは言った。


「なぜ追わなかった、ドラゴンなら追いつけただろう」

「あの時は、ゴーガ様が最優先でした。ただ事じゃないと思ったので、すぐさまドラゴンちゃん、カールトンを向かわせました。爆発のあったところには、ほとんど何もも残ってなくて、かろうじてぼろぼろになったゴーガ様を見つけて、もうほんと死んじゃったのかと思ったんですよ!」

 泣きそうな勢いでピアニッシモは当時を回想した。


 そして俺も少しずつ思い出す、そうだ、確かに爆発があった。

 あれはたしか、空中から飛んできた勇者ハイネケンの弟ギネスにとどめを刺そうと、炎を放った瞬間だった。

「ギネスは、ギネスの死体はなかったのか?」


「ゴーガ様の他には誰も……。ゴーガ様を助けようとしたところに、ちょうどアイシーンさんも駆けつけてきてくれて。それでその場を離れて飛びだったんですけど、その時にカールトンが敵の砲撃を後方からもろに受けてしまって、十分に飛べなくて、その……、なんとかアイシーンさんが霧とかを出してくれたんで、逃げ続けることはできたんですけど……、気づけば誰も住んでなさそうな孤島にたどり着いたってそんな感じなんです」

 情けない……俺たちが逃げ回るしかなかっただと。


「孤島にたどり着いたのはいい、なぜ、本国、メンフィス本国の連中は助けに来ていないんだ」

 いくらなんでも、3年間孤島にずっといたなんてことあるか、助けを呼ぶべきだっただろうに。


「その、ほんとうにこれはピアノのミスというか、能力不足なんですけど、届かないんですこの島……。私のテレパシーが全然届かないんですよぉ、せいぜい、デザス王国のエルフと連絡が取れるかもってくらいで、でもデザスのエルフはみんなゴーガ様の敵なんで、そこと連絡とっても……」

 な、何のための連絡役なんだ、ピアニッシモ……。


「まあお前の能力は仕方ないとしても、カールトンの回復を待ってもう一度飛ぶとかできるだろ?」

 なぜこの場にとどまる必要があんだよ?

 俺を絶対安静にする必要があるとでも。


「カールトンは、飛び立つことができるほど回復してないんです。追撃の中をムリヤリ飛んで逃げた感じで……」


「促進魔法を使い続ければ、なんとかなったろう。ドラゴンの回復力で3年かかるなんてことがあるか!」

 俺は若干憤りをかんじていた、俺の仲間たちはこんな判断力が低い集団であったのか?なぜこんなに後手を踏んでんだよ?


 とそこに、食事を手にしたアイシーンがやってきた。

「落ち着いてよ、ゴーガ様。ここからはあたしが説明するから。ピアニッシモは久々にゴーガが帰ってきて興奮してて説明できないんさ。ちょっと、ゴーガ様、魔法で簡単な炎出してみてくれないかねぇ」

 アイシーンの要求に、俺は素直に右手の指先を突き出して、炎を出してみる。

 指先に小さな炎がともった。


「これがどうしたんだ?」  

 いつも通りの炎だ。

「少しづつ威力を上げてみてほしい」

 言われた通り、少しずつ炎の威力を上げる、指先の小さな炎は徐々に炎の半径を広げていく。

 あれ、おかしいな。イメージより炎の広がりが弱い。込めている魔力に比べて、まったく炎が強くならない、いつもの十分の一程度のイメージなんだが……。


「病み上がりで、魔力も回復しきっていないということか?」


「ゴーガ様違うんさね、それだとピアニッシモに対する質問の答えにならないだろうさ。実はあたしたちにも同じ現象が起きてるさねぇ、あたしもイメージの十分の一程度の炎しか出せないし、他の魔法も同様だよ。それがピアニッシモのテレパシー能力にも影響を与えてるし、カールトンちゃんに対する回復魔法にも影響を与えてる。いまだにカールトンちゃんを回復できてないのはそういうわけさね」

 俺たちを回復させるだけの魔力がなかったというわけか。


「この島自体に魔力を抑制する力があるってことか?」


「たぶんそうだとあたしたちは結論づけたさねぇ。さらにいえば、そもそもの回復力ですら抑えられてるぽいね。そうでなければ、魔王やドラゴンの回復にここまで時間がかかるはずないさ」

 そういいながら、アイシーンは手にしたスープをさじにすくって俺の目の前に運んできた。実に美味しそうなにおいを立てている。

「ゴーガ様、手が動くなら自分で食べますか?それとも口移しの方がいいさね?」

 冗談ぽくアイシーンはそういったが、おそらく冗談でもあるまい。

 そうか口移しも悪くないが今は……他にするべきことがあるよな。


「いや、口移しもいいが、アイシーン。食欲より先に満たしたいものがある」

「あら、ゴーガ様、まさか」

「おう!3年ぶりにお前ら二人とも面倒見てやるぜ」

 そう俺の体はボロボロだったが、さっきからおれの股間の炎竜だけは元気なのだった。

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