第22話「ハイネケンとオリオン②」

 何を考えているかはわからないが、勇者同士であるし会うのを拒む理由はなかった。何よりオリオンに会うことがあれば話したいことがたくさんあったのだ。


「やあ、オリオン久しぶりじゃないか。」

 私は、応接室でオリオンを出迎え手を差し出す。オリオンはそれに応じがっちり握手を交わした。そして握手の後、私に近づきそっと耳元で、「二人だけになれないだろうか。」と聞いてきた。

 何か聞かれたくない話でもあるのだろう。私は応接室にいた部下たちを下がらせた。

「なんだい、オリオン。人払いをさせるなんて。」


「……率直に聞くが、ハイネケン、君は少し前まで日本という単語に聞き覚えがあるか」


「!?」


「日本という言葉になじみがなければ、聞き流してもらって構わん。」

 私はオリオンが日本という単語を出したことに激しく動揺した。なぜだ、なぜそのことを知ってる。少し前までハイネケンが魔王であったことを知ってる人間は何人かいるが、俺が日本にいたことはまだ誰にも話したことがない。

 なぜだ、こいつは敵なのか味方なのか。

 考えろ、しかしこの事情を知ってるということは、彼はあの私が日本にいた時に入れ替わっていた鋼華君の知り合いということか。


「……あぁ、確かに私は日本を知ってる。だがなぜそれを。」

 素直に答えることにした。万が一敵の場合は切り捨てればよいだけ、悪いがオリオンの力では俺には絶対に勝てない。


「そうだな、私がもともと、日本の人間で気づいたら勇者オリオンになっていたからだ、といえばわかってもらえるだろうか。」

 ……なるほど、確かに俺以外が異世界の人間と入れ替わってる可能性は十分ある。それで、私がもし日本という単語に反応したなら、私も入れかわっていたのだと判断出来るということか。反応がなければしらばっくれればいい。


「……そうか、たしかに俺も少し前まで日本にいて、そこで生活をしてたよ。」

 探りながらも私は本当のことを伝える。


「さらにいうならば、君が日本で入れ替わった相手というのは、田中鋼華君と言うんじゃないかね。」

 ……そ、そこまで知ってるとは。なぜだ、さてはこいつが今回の入れ替わり事件の黒幕とでもいうことなのか。ならば、結構、この場でこいつの力を封じて、真相をすべて暴いて見せる。

 何も言わない私を落ち着かせるように、オリオンは話を続ける。


「そんな警戒しないでくれ、俺はただ自分の推測を言ってるだけだ。実はね、俺はつい最近まで魔王ゴーガのもとで一緒に働いていたんだよ。もちろんその魔王ゴーガは本物ではない、中身は田中鋼華君という日本人だった。」

 

 魔王の中身が鋼華君だっただと、俺が入れ替わったあの鋼華君だったというのか?

 

 たかが大学生だった鋼華君が、1年やそこらで、シャフトとアサマとコルドを手中に収めたというのか。信じられん、そして彼は何のためにそんなことを。まあいいここはオリオンの話を聞くとしよう。


「確かに私は日本で田中鋼華という人間として過ごしていた。そして、てっきりハイネケンと鋼華君が入れ替わったと思っていたのだが、魔王と入れ替わっていたのか。」


「そうだと思う。これで私も確信が持てた、ハイネケンは、鋼華君に。鋼華君は魔王に、そして魔王はハイネケンへと。この入れ替わりは三つの体と心が順繰りに入れ替わっていたのだ。」

 

 なるほど納得がいった、それですべてが元に戻って、戻った瞬間対峙したのは本物の魔王だったというわけか。その直前までは鋼華君が魔王を務めていて、今この世界は奇妙なバランスを保つようになってしまったということだな。


「それにしても、よくオリオンはこの私ハイネケンのところに来る気になったな。君の見立てでは、私は魔王ゴーガだったわけだろう。」

 そんなところにのこのこ勇者が出向いてしまえば、殺される可能性の方が高い。しかも、入れ替わりが元に戻ったということは、当人たちにしか理解できないことだ。


「君が、窓から逃げ出す姿を上空から確認出来たからね。そんなはずがないんだ、ゴーガが死ぬかハイネケンが死ぬかどっちしかないんだよ。あの状況でハイネケンを扮する魔王が逃げるはずがない。魔王は必ず鋼華君を殺したかったはずだ。だから俺は逃げた理由を必死に考えた、そしてその答えがこれさ、どうやら予想は当たってたな。」

 やるなオリオン、ハイネケンが逃げるというたったそれだけのヒントから、この状況に確信を持つとはなかなか出来ることじゃない。


「それでここに来たからにはオリオン、いやな中身は違うのか、君には目的があるのだろう。」


「……この世界の居場所がなくてね。できればこの国でかくまってほしい。もちろん見返りにできるだけの協力はさせていただくよ。これでも日本では大学の教授だったのでね。この世界でもいろいろなものを開発したよ。」

 聞けば、日本では当たり前であった、自動車、飛行機、電気、ダイナマイトをすべてこちらで実用化させたのだという。おいおいおい、そんなことをこの世界でしたら魔法という文化が廃れてしまうと思ったが、確かにこの男の存在は力強い。

 断る理由は何もなかった。


「わかった、喜んで君を迎え入れよう。勇者ハイネケンの名にかけてな。ところで君の本当の名前は何という?」


「天馬だ、天馬宗太郎という。だが、まあこちらではもうオリオンの方がしっくりくるよ。オリオンと呼んでくれ。」

「よろしくな、オリオン。」

「あぁ。」

 そうして俺たちは再びがっちりと熱い握手を交わした。



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