第18話「ピアニッシモは見た。②」

 そんなわけで、今はピアニッシモはアイシーンさんと一緒にドラゴンに乗って、デザスに向かう途中。ドラゴンはカプリの子どもで、名前はカールトン、真っ黒なドラゴンで親に似てとても寡黙、照れ屋さんなのかな。

 それにしても、食堂でウェイトレスをしてたアイシーンさんが、そんな強いキャラだとはほんと予想外。

 まぁ確かにさすが1000の蛇を持つ女だけあって、手からも頭からも無数の蛇が身体をうねらせている。でも「1000匹いる様には思えないんだけど」ってゴーガ様に言ったら、800匹くらいは男にしかわからない場所にいるんだよって言ってた。まじ、わけわかんないんだけど。


 ちなみにゴーガ様は自ら空を飛んで移動してる、あの小さな羽でどうするんだろうと思ったけど、飛ぶ時には羽を大きくできるらしい。なるほど、しかもそれでいてスピードもドラゴンと遜色ない。

 ま、カールトンはまだ子供だから、そんなに速くないっていうのもあるんだけどね。


「アイシーンさんは、ゴーガ様が偽物だとは思ってましたか。」

 2人きりの竜の上で、私はそんなことが気になって、アイシーンさんに思い切って聞いてみた。


「そうだねぇ、あたしはそれこそここ一年ほとんどゴーガ様と話さなかったからね。でも言われてみりゃあ確かに、あのゴーガ様が私のところに一回も来ないなんておかしいね。単純に飽きられたのかと思ってたけど、今回偽物だって聞いて納得っていうか、ほっとしたよ。」

 そうやってアイシーンさんは私の前に座ってるので表情はわからないが、声のトーンからは安心してることが伝わってきた。


「アイシーンさんがゴーガ様のお気に入りなのは知ってましたよ。そのアイシーンさんが放っておかれたってやっぱ、偽物ゴーガはルーシアさんに夢中だったんですかね。」

「あたしはそれこそピアニッシモの方に夢中だと思ってたんだけど、違ったらしいね。まぁでも、今のゴーガ様になってからはずいぶん楽しんでるらしいじゃないか、まったく少しは自重しなよ。」

 やぶ蛇だった、余計なこと言ったばかりに私が責められるハメに、そうだ話題を変えようっと。


「で、でもアイシーンさんが強いって初めて聞きましたよ。なんでウェイトレスなんかやってるんですか。」

 そうそう、魔王城の人たちはアイシーンさんを食堂のおねぇさんと認識してるはずだった、たくさんついてる蛇は給仕するのに便利だからだと思ってるのに。


「ちっ、話を逸さないでくれよ。なんだ情報部でも知らないなんて情けないな。十炎百剣千蛇のアイシーン様といえば30年前はそこそこ有名だったんだけどね。」

 アイシーンさんの話では、指代わりの十本の蛇は口から火を吐き、頭から生える、100本の蛇は刃となって周囲の敵を一網打尽にするんだって、そして千の蛇はもっぱら魔王様と旦那であるキッチンオークのためにだって…、って。


「って、キッチンオークの人旦那さんだったんですか!?」

 キッチンオークは魔王城の厨房で働く、オークの中でも最上級の地位で、オークの中でもすっごいエリート。料理の腕はもちろん、戦闘力も高くなきゃいけない。


「あの人は、すごく長く私に恋してるからね。20年も求婚されたら私だって心折れるってもんさ。いいやつだし一緒にいて安心するし、だから城の厨房で一緒に働いてんのさ。これがあたしがウェイトレスをやってるわけだよ。」

 ふーん、なんかいい話、あれいい話かな、だってでも、


「あれ、でも最近魔王様ともやってるよね。」

 私は思い付きでしゃべると丁寧語を忘れるタイプだ。

「当たり前だろ、そんなもんお前だって、あっさり、旦那のクールのこと切り捨てたじゃんか。」

 あ、そうでした。自分のことを棚に上げて、他人の不貞をとがめるなんてピアニッシモはやっぱりイケナイ子。


「ごめんなさい、でもキッチンオークさんもじゃあ心配ですね。ゴーガ様に付き合って最前線に妻が向かうなんて。」

 いくらゴーガ様とアイシーンが強いって言ったて、命の危険の方が大きいわけだし、そもそもアイシーンもよくOKしたなって思う。


「そりゃあ、ゴーガ様に仕える身である以上、旦那だってこういう時が来るって覚悟してるさ。それに旦那には旦那で、魔王城を守るって仕事があるからな。前線に出ないだけであいつは強いんだぜ、じゃなきゃあたしが結婚したりするかよ。」

 知らなかった、だってキッチンオークさんは厨房から基本出てこないからそもそも会ったことないですもん。


「なにげに隠れた戦力っていうのはいるものなのですね。情報部なのに知らなかった何て恥ずかしい。」

 いちおう魔族の主な戦力は全部把握していたつもりだったのに、まさか最前線じゃない人たちに強い人がいるとか想定外。


「まぁピアニッシモとかはまだ若いからな。あたしとか旦那とかダンヒルが最前線で戦ってたのは20年以上前の話だ、知らなくて当然だよ。あれからは大きな戦いもなかったしな。」


「その、ダンヒル様は……。」


「あぁ、聞いたよ。裏切ったというか、ミネと一緒に独立したんだろう。まぁあいつの性格だと、自分からっていうより周りの巨人とかに頼まれてじゃないかな。巨人たちは元々戦いたい種族じゃないからねぇ。ひたすらファウストの地で自分の国を守り続けるほうがいいって思ったんじゃないのかい。」

 ふーん、そういう考え方もあるのか私はなぜダンヒルが裏切ったのかいまだに答えが出せずにいるけど、まぁ確かにそういう可能性もあるかも。それでも、裏切って独立したら、余計戦いの可能性は上がると思うけどなあ。


「……そういえば、ルーシア様、ルーシア様っていうのは一体いつからゴーガ様のおそばにいるのですか。私はよく知らないんですけど。」

 そうだ、ずっと気になっていた、ルーシアって気づけばずっとゴーガ様のそばにいるのだけど、それがいつかは誰に聞いてもわからなかった。サキュバスのみんなも自分が知った時にはすでにって言っている。


「そうさねぇ、確かにいつの間にかって感じなんだよね。20年以上前私達がメンフィス奪還のために戦っていた時は、まだ一緒ではなかったけど、確かに気づいたらゴーガ様の正妻はルーシアって感じだったね。なぜか大して嫉妬もしなかった。あの子は不思議でねぇ、なんだかふわっとしてて、それでなんだかあの子のいうことは全部素直に受け入れられるんだよ。そういえばルーシアは無事かねぇ。」


「ルーシア様は何もなければコルドのリゾートにいるはずなのですが、最近のゴダゴダでどうなったのか。情報部でもよく把握できてないのです。情けない限りです。」

 リゾートにはいないという情報は入ってきてる、そして現在ファウストとの連絡はできない状態なのでどうなってるかわからない、ダンヒルがうまく助けてくれてるといいのだけど。


「おっ、そろそろデザスのバルサバルだな。あれだろう要塞は。」

 アイシーンはそういって前方を指さした。

 ドラゴンはしばらく海上を飛んでいた、指さす方をみると、確かに岸壁の上に建物があるのが小さくであるが見えてきた。そうまさにあれがバルサバル要塞であり、あの場所をめぐり魔族と人間が何度も衝突を繰り返した。

 

 その場所に今から私たち、というかゴーガ様とアイシーンはたった二人で乗り込もうとしてるのだった。

 

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