勇者ハイネケン、日本にくるパート1

第9話「勇者、デビューする①」

 再び話は、私勇者ハイネケンの日本での生活の話に戻る。

 私が日本に転生してきて3ヶ月がたった。

 

 カスミはいい女だ、私の世界に果たしてここまで尽くしてくれる女がいただろうか。カスミの家にいるだけで何でもしてくれる。食事はおいしいものを(本当に元の世界では食べたことがない美味しいもの、しょうゆという調味料は一体何なのだ。)

毎晩食べさせてくれるし、お酒の相手もしてくれる。私は一切何もしなくてもいい。

 

 まぁ何もといういい方には語弊がある、ナニだけはしなければならない。さすがに毎日だと勇者ハイネケンの中の勇者も疲れるというものだ、たまには休みたいというか、他の女と遊びたいのだが、(私は遊者でもあるのだ。)それを許してくれない。


 せっかくなので大学の講義にも出てみるのだが、出る必要がないにもかかわらず彼女はついてくる、どうやら彼女は4年生でタンイというものが足りているらしく、シューショクも決まっていて暇らしい。


 何度か大学の講義を受けたもののはっきり言って何も興味がない。なんだあの経済とか法律とかっていう授業は、何も生まないじゃないか、抽象的なことと教授の主観を述べるだけだ、実に下らん、あんなもんが何の役に立つのだ。


 そんな時間があるなら一つでも多くの魔法を学べばよいのだ、魔法の理論体系とそれが使えるようになるまでには、あんな主観だらけのくだらない知識よりもはるかに多くの知識と計算が必要になる。

 もったいない。講義を受けて馬鹿みたいにうなずいてる奴の何人かには、立派な魔導士になれるものもいるというのに、まさに才能の浪費だな。


 とはいうものの、この世界に果たして魔法は必要なのだろうか。火も水も風も振動もすべて機械で何とかするではないか、この世界は。

 なんだあの核兵器という武器は、あんなものにたいして一体どうしろというのだろうか、いかなる力も無力ではないか。

 ひょっとして、それに気づいて魔法という研究をやめたのかもしれないな。


 代わりに気になったのは電気という概念だ。こっちに来てからの不思議な力のすべての源は電気だと聞いた。確かにあらゆる力が電気というものを元にして働いているのだ。驚いたことに、勇者コロナしか使うことのできない凍らせる魔法を、地球の人間は箱に入れるだけで実現させるのである。

 

 もう私は電気が気になって気になって仕方なかった。

 それで自分の通ってる専門とは全く関係ないらしいのだが、単位にはならないものの講義を受けることはできるというので、工学系の講義を受けまくりその都度教授を質問漬けにしたのだ。

 なんなら研究室にまで押しかけて、ついでに研究を手伝ったりして、『なんで君は文系学部に入ったんだね、こんなに熱心な生徒は見たことがない』といわれた。

 

 わたしから言わせれば、こんな素晴らしい知識を惜しげなく教えてくれるのに、皆なぜ学びに来ないんだろうかと思うがな。

  

 おかげで3か月ほどで、かなり電気というものを理解することができた。確か勇者アサヒは雷の使い手だったが、あいつは勘でそれを使ってたからな、私のように理論構築できてたわけではあるまい。


 そうやって鋼華君とは無関係の講義を受けていたおかげで、本来取得しなければいけない単位というものを取れなかったらしいのだが、私には全く関係ないのである。



「ハイネケンは、勉強熱心なんだね。だって別に大学の卒業に興味ないんでしょう?」

 いつも通り、カスミとの会話は枕元で行うことが多い。


「勉強熱心というかな、知らないものの答えが目の前にあるのに、なぜ知ろうと思わないのかが逆に知りたいよ。」


「そんなこと言っても、普通の学生ってそういうものよ。」


「私が驚いたのは重力って概念だよ、ふふ、まさか我々が地面に引き付けられていたとは思わなかった。化学も素晴らしい、我々とは全く違うアプローチで水を研究していたとは……。原子という概念は誰にもなかっただろう。もし、元の世界に帰ることがあるなら、ぜひオリオンとじっくり話したいよ。」


「ふーん、私にとっては重力とか原子とかはめんどくさいだけだったなあ。ハイネケンの世界みたいに魔法使える方が楽しいじゃない。魔法の勉強だったらもっと楽しかったのに。」

 そういって、カスミは私の左手を握ってきた。


「魔法の手だよね、ほんとう……。…ねえ!テレビ出てみない?」

 急にカスミは自分の顔を私の顔に、近づけてきた。

 目を輝かせながら、私の顔を見つめる。


「テレビって、あの薄い板に映像が出るやつだな。あれに出るとは?」

 テレビがどういうものかは大体聞いた。

 ものすごい発明だと思う、しかも中の番組は無料で行われてるのだ。何というすごいシステムを構築したのだろう、信じがたい。


「有名人になれるよ。ハイネケンなら!だって本当の魔法使いなんだもん。」

 たしかに本当の魔法使いではあるが、そんなもんテレビに出したところで人気が出るだろうか。君たち地球人はよほどすごい技術を持ってるというのに。


「気が進まんな。」

 気が進まないのは他にも理由がある。

「なんで、目立つの嫌いなんだっけ。」


「いや、本物の田中鋼華の両親とかに会わなきゃいけなくなるだろう。友達とかもいるだろうし、そんなの相手にしたくないな。」

 今のところ、カスミのところにいりびたっているせいで、彼の本来の友達とかには会わずに済んでいる。もちろん両親にもあっていない、そういや彼のスマホというものに、そういった着信もないようだ。


「まぁ、じゃあ。それはマスクをかぶるとかそういうことすれば、大丈夫だと思う。思い切りかっこつけて、それこそ勇者の格好してさ、それでテレビ出ようよ。たぶん日本中がハイネケンブームになるよ!」

 やたらとカスミが興奮しているのがわかる、まるで自分のことのようだ。

 

 うーん、テレビに出るのか。特にこの世界でやることがあるわけではないので構わないのだが、でもあえてやる必要もないよな。

 

 しかしここでカスミが衝撃発言を私にぶつける

「ハイネケンも、ずっと私の世話になるわけにはいかないでしょ。なんとか自分で稼げるになってもらわないと。」

 な、なんだと、私はずっとカスミのヒモとして生きていくつもりだったのに、この女はそんなひどいことを考えていたのか。

「大学の卒業も無理だろうから、就職も無理だろうし、元勇者が一生フリーターってわけにいかないでしょ。だからさ、目指すは芸能人だよ!」

 カスミは一層目を輝かせて、わたしに訴えてきた。むむ、今はベーシックインカムっていうのが実現するかもって言われてるぞ。それでもいいじゃないかと思ったが、確かにこのまま勇者フリーターになるというわけにはいくまい。


「わかった、カスミの案に乗ってみよう。」

 私は日本に来て、芸能人とやらを目指すことになったようだ。

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