第8話「賭け」
どうしましょう。
わたしはなぜ、このひどい男に従っているのでしょうか?
たった一日たった一日、何かがあっただけの男なのに、なぜか逆らうことが許されない気がします。
土下座しろと言われてわたしは何の抵抗もなく従ってしまいました。なぜでしょう、これがハイネケンの使う
わたしは大激怒されるのを覚悟で、それこそ殺される覚悟で、
「私は魔族ですよ、勇者ハイネケンの味方をすると思いますか。」と強がって見せました。
絶対暴力に訴えてくる、あるいは、昨晩みたいな仕打ちをしてくると思いました。望むところです、わたしは腐っても魔族、ダークエルフです、自分の身可愛さに仲間を裏切ったりはしません。
ところが、ハイネケンは、「そうだな、お前が魔族の味方をするなら私は終わりだ。だから判断はお前に任せる。」と言ってきました。
何を考えてるのでしょうか。
そうです、ハイネケンの言う通り、私がファウストにいるダークエルフの仲間に『ハイネケンは私たちをだましていただけで、ゴーガ様などではない』と伝えるだけで、もうハイネケンは終わりです。おそらくファウストの魔族たちとコルド帝国は、シュタントを侵攻し始めます。そうなればハイネケンといえど勝ち目はなく、私も今の拘束状態から解き放たれるのです。
傲慢な言い方かもしれませんが、戦況は私の一言が握っているといっても過言ではないのです。もちろん私の気持ちはもう決まっています。ハイネケンの味方をするふりをして、通信可能なバリアの外まで出て、そして真実をファウストに伝えればいい、ただそれだけで魔族の勝利です。
そんなことはハイネケンも分かってるはず、なのになぜ、私に判断させるなどというのでしょう。拷問でも何でもして、私に強制させた方がはるかに確実でしょうに。
でも関係ありません。私がやることは、真実を仲間に伝えることだけです。
「私は、ハイネケン様の味方などしませんよ、いいのですね。ファウストに通信して。」
「……だから、シトラスに任せるといってるだろう。私の命はお前次第だよ。」
ハイネケンはそういうだけでした。
そして、そういうとハイネケンは立ち上がってそして、私にも立ち上がるよう指示しました。
「こい、城の中でもバリアの影響ない場所がある。そこで、ファウストに連絡しろ。お前にかけた魔法も今解く。」
そういうと、今までうっすらと覆っていた、風のぬくもりがなくなりました。
すっかり押さえつけられていたことを忘れていましたが、確かに魔力は戻ったようです。
ハイネケンはずんずん歩いていきます。黙って私はそれをついていきます。
本当に一体何を考えてるのかわかりません。
何の自信があるというのでしょうか、私が魔族を裏切るという確信でもあるのでしょうか、それこそ魅了の効果に絶対の自信があるのでしょうか。
残念ながら、わたしの意識ははっきりしています。
なので、通信可能な場所にわたしが行ったとき、それはつまりハイネケンが死ぬ時なのです。
そう、ハイネケンが死ぬ時なのです。
ハイネケンが死ぬ…?
喜ばしいことのはずなのに‥‥。
昨夜私に最大限の辱めを与えたこの男が死ぬのです。まさに願っていることのはず、なのになぜでしょう、心が苦しめられます。ハイネケンが死ぬという言葉を考えると心が苦しむのです。
わけが、わけがわかりません。
私は一体何を考えてるのでしょうか。
この男は唯一にして私に最大の屈辱を与えた男…。
そこか、最大の屈辱……。
それこそが私の……。
ダメ、認めるわけにはいきません。これ以上深く何かを考えてはいけない。
それを直感しました。いまは思考を停止すべき時。
あれこれ考えてるうちに私に決断の時がやってきました。バリアの空白地点とでもいうべき場所です。確かに、私の頭の中に仲間たちのささやきが聞こえてきました。
普段からダークエルフたちは、脳内に仲間たちのささやかな声を聴きながら生きています。煩わしいというほどでもないです、生活音のノイズみたいなもの。
それが当たり前だったのですが、さっきまではそれが一切何も聞こえない状態でした。何もない状態からこの生活音を聞くのは少しうるさいです。
あぁ、そうか二人きりの時のあの空間。
なにもかもから解放されたように、わたしは、わたしはあんなに狂えたことは…
違う、違う何を考えてるのシトラス、あの男はダメ。
「さぁシトラス、頼んだ。正しい情報を仲間に伝えてくれ、お前が正しいと思う情報を。」
何を言うのだ、正しい情報など一つしかない、お前は偽物。魔族が従うは魔王ゴーガ様ただ一人。
私は必死に、ファウストの人間の声を探る…見つけたこれはフォルトナです。
『フォルトナ、フォルトナ聞こえる?』
『…シトラスね、何をしてたのよ、ゴーガ様は無事なの?なんで一切連絡しないのよ?』
『聞いて、フォルトナ。大切なことなの、ファウストのみんなに伝えて。私が、私たちがゴーガ様だと思った勇者ハイネケンは…。ハイネケンは…。』
私はなぜか二の句が継げずにいました。
『ゴーガ様?ゴーガ様がどうしたの。』
『…きっとあとから、偽物のゴーガが現れるわ。でも…、でも…ハイネケン様の方を信じるように、信じて。本物はハイネケンの姿をしてる今の私たちが信じているゴーガ様だから…。』
わ、私は何を言ってるのだろう…。
違う、こんなことを言うつもりじゃ、ハイネケンは偽物ってそれを言おうと思ったの。
なんで、なんでこうなってしまったの、私にもわけがわからない。
涙が、なぜか涙があふれ出てきた。
しかしそんな涙の私にお構いなしにフォルトナから帰ってきた答えは想像もつかないものでした。
『シトラス聞いて、今ファウストではそんなことはどうでもよくなってしまったの。ゴーガ様が本物とかどうとか関係なくなってしまったの。魔団長のミネ様とダンヒル様が魔王の指示には従わないって、我々がリーダーとして魔族を率いるって宣言して、そしてファウストのみんなはほぼそれに賛同したわ。』
『ミネ様とダンヒル様が……!?』
どうやら魔族は思いもよらぬ方向へ向かっているようです。
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