第7話「勇者の流儀」

 状況整理が追いつかない。

 シトラスの情報によれば、ハイネケンわたしの中には、魔王ゴーガが入っていたらしい。そして、ゴーガはハイネケンに入ったまま、シュタント国王を殺し一時的に監禁されていたが、その後、ダブルハーフのキャビンと地方の反乱分子たちを引き連れて、シュタント王都を制圧したのだという。

 

 なんてことだ、勇者ハイネケンはとんでもない国賊ではないか、敬愛する国王をまさかこの手で殺したことになっているなんて。しかも、殺したのが自分の手である以上、国王の墓前に顔を出すことすらできない。


 そしてここにいる多くの兵士たちは自分が知らない者たちばかりだ。何せ、私は自分の手で、自分の愛する部下たちを殺していったのである。あいつらはどういう気持ちだったのであろう、まさか信じている勇者ハイネケンが突如自分たちに刃を向けて来るとは思わなかっただろう。

 しかし、彼らの墓前に花を手向けることもまたできない、何せ今ここにいる兵士たちは前王が憎しということで、集まった者なのだ。現状を最優先するならば、私は前王と確執があったことにしなければならないのである。

 

 なんてことだろう。

 王を殺したばかりではなく、さらにその死を利用して、彼の尊厳を踏みにじらなければならないとは…。


 確かに王は、地方のエルフに対して多少の、不利な政策を行ったが、それは人間とエルフが共存していくためにある程度仕方のない犠牲であったのだ。

 多くのエルフが理解を示していると思ったが、しかしこの国の兵士がすべてエルフで構成されており、街の人間と明らかな差別政策を行っているところを見ると、すべてエルフは前王に対して共通の不満を持っていたということなのだろう。

 ちなみに私はエルフが母の父であるので、人間とエルフのクォーターである。それゆえにエルフ至上派のリーダーとしても、うってつけだったのだろう。


 すべては魔王ゴーガのせいである。何としても王の仇は打たねばなるまい。


「やはりゴーガ様が憎いですかハイネケン様。」

 シトラスがそう聞いてきた。

 シトラスはすっかり私に従順なようだ、一応表面上は不服そうに従うのだが、私の元からは離れないし、言ったことは全部守る、情報も正確に伝えてくれる。


「当たり前だ、わたしの手で王を殺したことになってるなんて、こんな許せないことが他にあるか?それに、奴に様などつけるな。お前の今の主人は誰だ?」

 私は、大きな声で怒鳴りつける。


「……。」

 シトラスは何も答えない。

「誰だ!」

 もう一度大きな声を出すと、シトラスはビクっとなる。

「……ハイネケン様です。」

 シトラスは、そう答えた。

 バシンッ!そして、間髪を入れず、シトラスの頬を私は叩いた。

「次は、すぐ答えるようにしろ。」

 そういって、私は、シトラスの頭をなでる。

「…はい、申し訳ありませんでした。」

 シトラスは、こちらを見ずに感情をこめずに謝った。

 しかしそういう謝りは許されない。

「土下座の態勢でいろ!」

 そういうと、シトラスは膝を床につけ深々と頭を床につける。


 このやり取りだけ見ると私がとんでもないような暴君に見えるのだが、誰にでもこんなことをするわけではない。

 シトラスは、自分では認めないだろうが、こういう風に扱われるのが好きな女である。それを徹底的にわからせる必要がある、こいつははっきり主従関係を見つけて、それに盲目的に従わないと、落ち着かない女なのだ。

 

 そして悪い男にひどいことをされる私がかわいそうということで、自己を形成している、だから私は責任をもって憎まれ役をやる必要がある。

 勇者も楽じゃない、もっと普通の恋愛がしたいものだ。まぁしかし、ちゃんと俺がプレイに答えてあげれば、あいつは裏切らない、手持ちの駒で最も信用できるともいえる。


 仮にも私は勇者なのだ。こんな姿を誰かに見られたら、信用の失墜も甚だしい。全くやっかいな性癖を持ってるなシトラスは。


「もういい、顔を上げろ。それでシュタントとコルドにあるファウスト要塞の関係はどうなってると考えればいいんだ。」

 別に土下座させて悦に浸りたいわけではないので、顔を上げさせる。

 

 コルドという国は実質今は魔族の配下にあり、そこにあるファウストという要塞には魔族の最大勢力がある。勇者ハイネケンだった時、魔王ゴーガはまずそこを占拠して、本丸であるメフィストの魔王城を支配しようとした。


「…はい、ハイネケン様。ファウストはまだ、ハイネケン様を魔王と思っています。ですが、魔王ゴーガが身体を取り戻した以上、すぐにファウストに向かい全員の説得に当たるでしょう。」

 だろうな、私でもそうするだろう。そうなると一番いい手は私の中身はまだ魔王ゴーガであると偽って、魔族の前で魔王を演じ切ることというわけだ。


「時間の勝負だな。シトラスが、仲間のエルフに連絡すれば、根回しできるであろう。」

 試すように私はシトラスに言った。


「私は魔族ですよ、勇者ハイネケンの味方をすると思いますか。」


 ここだけはシトラスも引き下がらない。膝を床につけながらもキッとした目でこちらをにらみつける。『私はあくまで仕方なくハイネケンに従っているだけ』という姿勢を崩してこないだろう。

 間違ってはいけない、ここで怒ってしまってはシトラスの思うままだ、こいつの理想は私に怒られることだ、ならば、魔族の味方をして、そして私を怒らせる。それが一番いいに違いない。

 だからここで怒鳴りつけるような、そんな頭の悪いことはしない。


「そうだな、お前が魔族の味方をするなら私は終わりだ。だから判断はお前に任せる。」

 私はあきらめたように、そういうことだけを言った。

 

 つまり私はシトラスにこう言っているのだ。『もしお前がこの関係を続けたいのなら、お前にとって一番気持ちがいいこの関係を続けるなら、俺を助けるしかないぞ。』とそうたたきつけたのである。


 果たしてシトラスはどう出るであろうか。


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