第4話「勇者の教え」

 場面は、次の日の朝だ。

私が何をしたのかは諸君の想像に任せたいと思う。

カスミサンはカスミサンではなく、かすみというのだと分かったので、今後はそのように呼ぼうと思う。もっともカスミにさんをつける場面など、もうないと思うが。


「で、本当にあなたは、鋼華君じゃなくて、その勇者ハイネケンだというのね。」


「あぁ、気が付けば私はこの鋼華このからだのなかにいた。むしろ信じられないのは私の方だ。」

 大体のことは、昨日ベッドの上で聞き出すことができた。

 なんとここは、我々のいた世界ではなく、地球という場所らしい。世界地図というのを見せてもらったが、まったく知らない地形ばかりであった。しかもはるかに我々が住む世界より大きい、私の国シュタントの人口が25万ほどだと伝えると、小さいと馬鹿にされた。

 この地球には魔物なんていうのは住んでなく、魔法もない。代わりになんだかこの世界には謎のものがたくさんある。


 朝起きた時に見たものは、なんだか薄い壁の中に人とか景色とかが映るテレビというものだ。しかも、それがすごい小さいサイズになった、というものも、カスミはいじりだした。しかも朝から、それに何かを話しかけていた。何でも、これでいろいろな人間と会話ができるらしい。

 

 そんな、すごいことができるのは我々の世界ではエルフだけなのだが、この世界では当たり前のことらしい。

 

 魔法より、すごいことをこの世界の人間は平然とやってのけている。なんと恐ろしいのだ、もしこの世界の人間が我々の世界を攻めてきたらとても勝ち目はない。


「それにしても鋼華君があんな大胆なわけないから、変だと思ったのよ。信じられないけど、まぁ信じるしかないよね。鋼華君がこんな女慣れしてると思えないし、まさかあんなもの見せられちゃね。」

 私が見せたのは、炎の魔法である。カスミがタバコを吸いたいというので、ライターというものを探してるところ、私が指先から炎を出した。

 

 かなり魔力がなくなっているが、こういう簡単な魔法は使える様だった。

 このとき、はじめてカスミは私がこの地球の存在ではないということを確信したようだった。

 


「それで、ハイネケンはこれからどうするの。ぜんぜん、行く当てとか、何をやるとかもわからないんでしょう。」

 朝起きて、カスミはモーニングコーヒーを私に入れながら、そんなことを聞いてきた。

「とりあえず、名前は鋼華ごうかとよんでくれ、いろいろ面倒なこと増えるのも嫌だしな。しばらくは、この鋼華という男のふりをするさ。大学生なんだろう、この世界を勉強するのも悪くない。」

 もしかすると一生私はこの世界にいるかもしれないのだ。できるだけ順応させる必要がある。


「……ねぇ、よかったら一緒に住もうよ。いくら何でも一人で世界になじんでいくのも大変だと思うしさ、理解者がいないといろいろ大変じゃない?」

 願ってもないことを彼女は申し出てくれた、まぁもっとも最初からこちらもそれを狙っていたわけであり、もし向こうが言い出さなくても、いずれはこちらからお願いする案件だったのだが。

 

 しかし、向こうが言い出した以上、こちらは焦らすべきというのが男の流儀ってやつである。

「…申し出はありがたいが、これ以上世話になるわけにはいかない。仮にも勇者だしな、人の世話にばかりなるわけにもいかんよ。」

 心にもないことを私は言う、もちろん相手が引き留めるという前提である。これであっさり引き下がられた場合は、まぁそれはそれで手はあるのだ。


「……そんなずるい、昨日だけで終わりなんて、私が一緒にいたいんだからいいじゃない。」

 彼女は飲みかけのコーヒーを膝に置いて、顔をうつむきがちにそういった。

 よし、引っかかった、狙い通りだ。

 私はしばらく間を開ける。


「……。」

 私はあえて何も言わない。


「ねぇ…。」

 そう言って、彼女はテーブルに置いてある私の手の小指だけをつかむ。


「…分かったよ、とりあえず今日もここにいていいだろうか。」

 私がそういうと、彼女はとびっきりの笑顔を見せてくれた。

 

 よかった、よかった。これで、この謎に満ちた世界での生活基盤というものを築くことができたようだ。先代の勇者、つまり私の父ラガーは大変女好きで、私も何人目の愛人の子供なのかわからないのだが、彼が残した唯一の教えが、『困ったときは女に頼れ』であった。

 子供の時は、この人はなんてとんでもない男なんだろうと思ったが、大人になり勇者として活動する私を、この言葉は何度も助けてくれた。そのたびに私は国一番のイケメンでよかったと思ったが、どうやらあんま顔は関係ないのだな。

 鋼華君がどんな人か知らないが、君は別に、十分この女先輩を口説くポテンシャルがあったということだよ。


「カスミ、とりあえず私はもう一杯この美味しいコーヒーが飲みたいな。」

 私がそういうと、

「はい。」とカスミは喜んでコーヒーをもう一杯注いでくれた。











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