第3話「勇者ハイネケンの回想②」

「わ、私の部屋に来る気なの、鋼華君!」

 私が、彼女の部屋に行きたいと提案すると大層驚いた様子だった。


「なにせ、私は自分の部屋もわからないからな。」


「ねぇ、ほんとうに、とぼけてるんじゃないの?記憶がないって、あんまりにも真剣な顔でいうから付き合ったけど、本当は部屋に来るための口実なんじゃないの?」

 

「君のような素敵な女性を前にすれば、部屋に行きたいと思うのは当然だと思うのだが、違うだろうか。」


「ちょっと、マジ、何言ってんの鋼華君?あぁ、もう調子狂う!」

彼女は髪の毛を触りながら、下を向いてそういう。


「頼む、今頼れるのは君しかいない。」

 勇者としての経験豊富な私は彼女の性格を一瞬で見抜いた、彼女はお人よしだ。頼まれたら断れないタイプだろう、さらに敵などでもおそらくない。


「…まぁ、仕方ないかぁ。そこまで頼まれたら断れないし。言っとくけど、なんかしようとしたら許さないからね。」

 彼女は、びしっと指先を私の顔にむけて、はっきり宣言した。


「もちろんだ、勇者とは紳士なものなのだ。」

 …しまった、うっかり勇者と口走ってしまった。


「何よ勇者って…鋼華君ってホントに今日変。そっか記憶がなくなったんだっけ。もうよくわかんなくなるよ。」

 目の前の女は本当に、パニックになってるようで、彼女の家に歩いていく途中もずっと、うーーとかあーとかうなっていた。


「ところで君の名はなんというのだ。」

 そうだ、さすがに名前を聞いておかなければ今後いろいろ困る。


「もうっ、知ってるでしょ。あぁ、知らない設定なのか。もうよくわかんないよ!私はカスミ、有野カスミよ。あなたの二つ上の先輩で大学4年生。」

 アリノカスミさんね…。変わった名前だな。


「アリノカスミと呼べばいいのだな。今日は助かるアリノカスミ。」

 長い名前だ、呼びづらいからまぁ、今後は君とか呼べばいいか。


「なによその競馬の馬名みたいな呼び方は、あぁもうよくわかんないよ。…カスミさんっていつも通り呼んで。」


「分かった、カスミサンだな。とにかくありがとう。」

 それでもまだ、カスミサンは不思議そうな顔をしていたが、なんだかんだ優しい彼女は思った通り、お人よしらしく、私を部屋にあげて私にコーヒーを入れてくれた。


 私は。小さめのローテーブルをはさんで、彼女の対面に座ることになった。何だろう、この国にはイスというものはないのだろうか。さっきから直接床に座ることを強要されるな。

 

「それで、鋼華君は何を話したいの、わざわざ二人きりになるなんて。一応言っておくけど、男の人を部屋にあげるなんてめったにないんだからね。」

 そうなのか、どうも話し方からするとまだ私が記憶喪失ということを信じてもらえてないな。察するにこの男とこの女はそんなに短くない付き合いのようだ。それにしても部屋に入れてないアピールは何のためにしているのだろうか。


「私は、本当に記憶喪失なのだ。だからカスミサンのことは本当に知らない。まずそもそもここはどこなのだ。」

 とにかくまず、正直に話そう。場合によっては自分が勇者ハイネケンであると伝えたほうがいいかもしれない。しかし、それはまだ先だ、この女がコルドのスパイである可能性もないわけではない。


「ねぇ、ほんとに冗談じゃなく言ってるの?」


「もちろんだ、冗談でも何でもなく何がどうなってるか全然わからないんだ。頼むから全部教えてほしい。」

「…もうわかったわよ、よくわからないけど付き合うわ。まずは何。」

ふぅとため息をついて彼女は言った。

「さっきから、言ってる通り、まずここはどこだ?」


「どこって私の部屋よ。」


「そうじゃなくて。」


「えーっと、……つくば市よ。」


「ツクバシ?」


「ええと、そこからなの?茨城県のつくば市、分かるかしら。」


「イバラキケンっていうのを聞いた覚えがないな。」


「茨城県がわからないの、ええとあなたが通ってる大学がある街よ。」


「あぁ大学は分かる。そうか魔法を学んでるんだな。ただ、イバラキケンはわからない。シュタントではないようだな。」


「何よ魔法って?なんで茨城がわからないのよ。シュタントって何?」


「国の名前だが…知らないのか?」


「国って?ここは日本よ、何よシュタントって聞いたことない。」


「日本?なんだそれは。」


「ちょっといい加減にしてよ。何よもうめんどくさい。じゃあ、もうここは地球よ!これでいいかしら?」

 何が気に食わないのかわからないが、カスミサンは怒りだしてしまった。どうしよう、なんかよほど変なことを言ってるのか私は、ただ世界中の大体の都市は知ってるつもりだが、日本っていうのも地球というのも聞いたことがない。


「怒らないでくれ、ふざけてるわけじゃないんだ。」

 私はそういって立ち上がると、そっと彼女の隣に座った。


「ちょ、ちょっと、なんで隣に来るのよ?」

 なんでといわれても怒ってる彼女を、なだめるためには当然なのだが、彼女は何を言ってるのだろうか。しかし、分かり切ったことではあるが、隣に座ったからといって彼女が逃げるようなことはしなかった。


「ふざけてるわけじゃないんだ…私を助けてほしい。」

 私は、隣にいるカスミサンを改めて見つめながら、か細い声で懇願する。

 そして、彼女の両手を握った。


「…ちょっと鋼華君、何を考えてるの、なんで、手を握るの?ねっ、顔近いって、ねぇ、ええーっ、…っつ!」


 カスミサンがしゃべってる途中ではあったが私はしゃべってる彼女を黙らせるために、彼女の唇に強引に唇を重ねた。

 

 私は勇者ハイネケン、怒ってる女を黙らせる方法を他に知らない。

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