第2話「勇者ハイネケンの回想①」

 2年前、あれは森と魔法の国シュタントにおいて、国王と軍についての会議をしているときであった。シュタント国王はいいお方だったな、ああいう方を真の王様というのであろう。常に国民のことを考え、圧政を敷いたりせず、さらに常に国防を考えた政策を行っていた。

 

 そんなシュタント王と、私は話し合いをしていた。

 そこまでは、覚えている。


 ところが、今回と全く同じだ。

 気が付いたら、私の意識は途絶えた。

 そして、ローテーブルの前に座していた。眼の前には、見たことのないような安そうな食事と、グラスやジョッキが並んでいた。

 

 先ほど王がいたはずの場所には、やはり見たことないような服装をしていた若者たちが、3人ほど座ってグラスを手にしている。私の両脇にも人がいる、周りはがやがやと人の話し声で騒がしい。


「…あっ、田中?起きたか、なんだよこのくらいの酒で酔っぱらうなよ。まだ二杯くらいしか飲んでねぇのに。」

 隣の男が私の方に手をかけて、そういってきた。

 私は、そいつの顔を見る。誰だこいつは?


「そうだよぉ、心配しちゃったじゃない。鋼華君ごうか、突然気を失ったかのように、眠り始めるんだもん。まぁすぐに目を覚ましたからよかったけど。」

 正面の女にも見覚えはない。

 見覚えとかそういう問題ではない。いったいどういう状況だ。

 意識ははっきりしている。夢とかではあるまい。

 ここは一体どこだ。

 何もかもが、見たことのない景色だ。


 混乱する。なんだ、魔物の何かの精神攻撃なのか、一体いつどうやって?


「ちょっと、大丈夫鋼華君?何を青ざめた顔して、きょろきょろしてるの?」

 再び目の前の女が心配そうに声をかける。

 誰だ?鋼華というのは、私を指しているのか?

 落ち着こう、もし魔物の術ならば、落ち着くことが寛容だ。パニックにさせることこそ敵の技の目的に違いないからな。


「鋼華というのは私のことか?」

私は極めて冷静に自分を指さしながら、誰にというわけでもなく聞いてみた。


「はははは、おいおい田中よ、どうしちまったんだ酒で記憶でもとんだのかよ?」

隣で先ほどわたしに話しかけた男が、肩をたたきながら大声で笑った。

なるほどどうやら、私は鋼華という名前に代わってるのか。

姿も変えられてるのかもしれぬ。


「すまんが、どこかに鏡はないか。」


「鏡ぃ、顔をチェックしてどうする気だよ。まぁちょうどいいや、顔洗って来いよ。」

 そう言って隣の男は、指をさした。

 なるほどそっちに鏡はあるのだな。私は席を立ち、そちらの方に向かった。


「ちょっと、鋼華君、靴位履きなさいよ!」

 正面にいた女が何かを叫んでいる。


 指さされた方にむかうと、そこには確かに鏡があったので、それを見る。


「うあわっ!!」

 思わず声を上げてしまった。

 誰だこれはまるっきり私ではないではないか。髪の色は黒く背も低い、あのシュタント一の美しい瞳といわれた青い瞳も黒くなり、細目でつり目になっている。醜い、いや醜いまでとは言わないが、私の美しい顔はどこに行ってしまったのだ。


 これが魔物の仕業であるならば、なんと恐ろしい技だ。

 勇者の中でも最も美しく、最も強力な魔法を使う私を恐れてこんな攻撃をするとは、実に恐ろしい。まさか、美に対して攻撃をしてこようとはな。


 そ、そうだ。魔法はどうなっている?

 いや、使わないでもわかる。肉体がひどく弱い、この状態ではとても強力な魔法など使えん。体に内包する魔力も弱まっているようだ。

 ここがどこかはわからないが、もし周りの人間が、魔族あるいはコルドの兵とかならば私はあえなく殺されてしまうだろう。

 とにかく、こっそり外に出るか。こんな人の多い室内にいるのは無謀だ。


 幸いこの鏡のある場所と先ほどいた場所は結構な距離がある、私は先ほどの連中に気づかれないように、店の外へと向かった。入り口は引き戸になっているようで、それをゆっくり開けた。すると、


「な、なんだここは?」


 外に出ると、夜のはずであるのに、町中が明るい。町中に光があふれている。しかも、なんだこの地面は、硬いえらい硬い。一面が堅いねずみ色の床で覆われている、私がいつも目にしているような土が見当たらない。レンガが敷いてあるわけでもない。

 それに、時折、目の前を高速で走っていく物体は何なのだ。何らかの兵器なのか。


 私は見たことのない光景に、思わず、腰が砕けその場で座り込んでしまった。


「ちょっと鋼華君、どこ行くのよ、もう。靴もはかないで。」

 すると、先ほど私の正面に座っていた女が、後ろから声をかけてきた。追いかけてきたのか。

「く、靴?」

 そういえば裸足であったか。女は靴を手にしているが、これまた見たことのない形をしている。なんだか素材が想像できないような靴だ。

「そうよ、ほんとしっかりしてよ。何帰ろうとしてるのよ。今日はせっかく、サークルのみんなで久々に集まったっていうのに。」

 私は立ち上がり彼女の靴を手にして、それを履き始める。


「…変なことを聞くのだが、君は私のなんだ?敵ではないのだな。」

 もし敵だったとして、そんなことを素直に言うわけがないのだが、私はその質問による相手の答えや表情から真実を探ることにした。私は勇者だ、そのくらいを見破るのはわけなどない。


「ちょっと、何言ってるの、鋼華君。本当に大丈夫、敵?敵って何よ。というか、話し方とかどうしちゃったの?おっさんみたいだよ。」


…むむむ。どうやら、ほんとうに変なことを言ってるぞこいつという様子だ。

何か陰謀とか策略とかを企んでいるようには思えない。仕方ない、しばらくはこの女から情報を得るとしよう。こんなにわけわからない状態だ。まず必要なのは情報である、情報を得ること、これは勇者として何より大切なことなのだ。


「君、すまないが、どうやら私は記憶を失っているらしい。はっきり言って先ほどの連中も君のことも、そしてここがどこなのかも全然わからない。」

 私は真剣な表情で、彼女にそう言った。


「ちょっと、鋼華君何を言ってるの。そんな真剣な表情で、なんかのギャグなの。」

 彼女は笑いそうになっていたが、あまりにも真剣な顔だったからだろう。それをこらえているようだ。


「これからしばらく、付き合ってくれないか。君からいろいろ聞きたいんだ。」

 私は彼女の両手に手をかけて、まっすぐ彼女の目を見つめた。


 すると、彼女は身じろぎもせず、目線だけを私から外して言った。

「ちょ、ちょっと鋼華君。何を言ってるのよ、こんな人前で、もう、ちょっとわかったから見つめないで、恥ずかしいから。」


「頼む、君しか頼れないんだ。」

わたしは、それでも両手を彼女の手にかけたまま、見つめてそういった。


「も、もう、何よ急に。わかった、わかったから。ちょっとみんなに言ってくるから、待ってて、鋼華君のお金も払ってきちゃうからあとで払ってね。あぁもう後でみんなになんて言われるのやら。」

 そういって、女は一度、先ほどいた場所に戻っていった。

 

 うむ、自分の顔が多少不細工になっても何とかなるか。やはりいざというときは女を頼りにするのがいいな。とりあえずこの女に取り入って今後を考えるとしよう。

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