第1話「舞い戻る勇者」

 「はっ…。」

 なんだここは、なんだこの状況は…。

 気付けば、目の前には漆黒の鎧を身につけている魔物がいる。


 魔物であることに間違いないとは思う。姿格好は人間に近いが、翼とかしっぽあるうえ、人間より二周りはおおきい。なんかわからない圧力が私をおそうのがわかる。さらに、今いる場所がなんというか、いかにも魔物がいますという感じのつくりである、奥の方には玉座も見える。

 

 さて、私は一体なんでこんな強そうな魔物と対峙してしまったのだろうか。

 

 たしか、私は日本という国で、今から経営会議をしようと思ってたはずだ。

 さっきまで、秘書であり私の妻である女と談笑をしていたのに。

 いつの間にか意識を失ってしまったらしく、気が付けば目の前にはやばそうな魔物がいた。

 しかし、この状況が全くわからないわけではない。

 

 かつて私は勇者であった。

 

 2年ほど前まではこの地で勇者をやっていたのだ。ところが、ある日、私はなぜか日本という場所に移動させられ、そしてそこで大学生とかってやつを演じなければならなくなった。


 しかし、今こうして目の前に魔物がいるということは、つまり、元の世界に帰ってきたということだ。

 いくら何でも戦闘中の状態で、元の世界に帰ってくるなんてことがあるのか。

 最悪じゃないか──もちろん私は2年前まで勇者をやっていた、だからそこそこの腕は立つ、魔法の威力はお世辞抜きで自分の国で一番だったと断言できる。

 

 しかし、2年間の異世界生活で私がやってきたことは、TVでのタレント活動と会社設立の準備とゴルフである。

 戦闘なんて言うのは全く縁がなかった。


 だが、ラッキーなことに、あいての魔物も戸惑っているようだ。

 全く攻撃を見せてくるそぶりを見せない、何か考えている。そんな様子だ。

 かれこれ、この状況に私が置かれて、考えだしてからすでに30秒近く経過してる。

 この状態で襲ってこないということは、何かをためらってるのだろう。


 ならば手は一つ、逃げるのみ、こんな状況で戦うほど私は愚かではない。じわりじわりとすり足で、気づかれないように後方に下がる。

 じわりじわりじわり、まだ近い、ゆっくりと距離を取って、相手の間合いから外れたら全速力でダッシュで逃げよう。

 

 じわりじわりじわり、そろり、そろり……


『逃がさん!!』

 気づかれた! 

 魔物は突然そう叫んで、鋭い爪を私の顔に向かってびゅっと突き出してきた。

「…っっと!」

 それを紙一重で後ろに引くことでかわした、少しだけそれに触れた前髪がはらりと舞い散る。あぶない、一歩遅ければ死んでいた。

 こうなれば、できるかどうかわからないが魔法を使うしかないだろう。


全力で風を衝突させる!!エアコリジョン


 私は目の前の敵に最大限の空気のかたまりを噴射した、相手を倒すためではなく、強力な空気のかたまりを噴射し、その反動で自分の体を対象物から反対方向に吹き飛ばすためである。

 成功した!魔法力も衰えてない!


 私は風の勢い十分に、魔物の反対方向へと飛び、ドカッ、この部屋の扉を、その勢いのままに蹴破って部屋の外に出た。

 この勢いのままに全速力で逃げるしかない。


 すぐさま、走る形へと体勢を直し、ここがどこかもわからない場所のまま、長い廊下を全速力で走りだした。

 振り返ると、敵も追いかけてきている!

 ほんの少しだが、相手の方が早いか!?

 しかし、振り返る余裕もない、とにかく全速力で走る。

 このまでは追いつかれる!


 しめた、窓がある!

 ここが何階かもわからないが行くしかない。

 

 私は、ためらわずまっすぐ窓に向かってダイブした。


 ガシャーーーンッ!!


 ガラスは割れ、空中にはガラスの破片と私の身体が舞った。空中に放り出された私の体とガラスの破片は一瞬静止したかのようになる。


 うわっ、これは高すぎないか…。

 下方を見る、地上よりは20m近く上空で私の体は浮いていた。


 考えるまでもなく、私の体は重力に引かれて地面に引き付けられ始めた。

 もちろん落ちれば、死ぬか大けがだが、

 先ほど、風の魔法をかつて勇者であった時と、遜色のない位の威力を出せたので、窓が何m上にあったところで大丈夫だろうと考えていた。


 自由落下が始まった。ぐんぐん地面が近づいてくる、そして体が地面にたたきつけられる前に私は、地面に向かって再び、

 全力で風を衝突させる!!エアコリジョンを放った。


 地面に風がぶつかった反動が、私の体に働く重力とつり合って、地上から2mほどの高さのところで一瞬だけ、身体が静止した。

 ズドンっ!!

「いたっ!」

 すぐさま、身体は地面にたたきつけられた。

 もちろん痛いが、まぁ2mの高さだし、仮にも勇者の肉体だ大したことはない。


「何とか逃げ切れたか…。」


 自分が飛び降りた窓を見上げるが、追いかけてくる気配はない。とはいえ、すぐにこの場所にやってくるであろう。


 すると、上空からこちらの方に飛んで向かってくる一つの物体が見えた。

 あれは、ドラゴンか!?


 なんということだ、いくら何でもドラゴンなんて相手にしてられるか、すでにわりと強力な魔法力を二連発で使っている。ここは屋外だし、もう少し時間があればとびっきりの一発でドラゴンを仕留められるが、さすがに時間が足りない。


 どうする、向こうもこちらに、気づいてこっちに向かってきてるよな。

 炎でも吐かれたらどうする。一発位なら水で身体を覆えば耐えきれるだろうが。

 状況が悪すぎる。


 しかし、そのドラゴンはこちらを視認したわりには、炎を吐かずにまっすぐこちらへ向かってきた。攻撃姿勢を全く見せることなく、そしてゆっくりと地上に降り立った。


 「ハイネケン様、ご無事でしたか。」

 ドラゴンの上に乗っていた白いスーツのような服を着た女が、こちらに向かってそういった。金色の髪の毛と耳の形状などを見る限りハイエルフか、ならばシュタントの兵といったところか。

 しかし、私はこいつに見覚えがない。

 しかもそいつの後ろには、銀髪であるところから判断しておそらくダークエルフであろう女も乗っている。

 状況は全く見えないが、とりあえず話しを合わせておこう。

 どうやら私が勇者ハイネケンであるということはこいつらもわかってるようだ。

「…あぁ無事だ。」


「魔王ゴーガは倒せましたか?」

 白いスーツの女がそう聞いてきた、魔王だと? さっきのやつは魔王だったのか!

 おいおいおい、なんだって私はそんな奴と対峙していたんだ。良かった、戦わなくて、正直嫌な予感はしていたんだ。


「いや、倒せなかった、逃げてきたよ。だが、すぐに追いかけてくるだろう。すぐ逃げるぞ。」

 とにかく、ドラゴンを連れてきてくれたことは僥倖ラッキーだ。なぜドラゴンが我々の軍の味方なのかさっぱりわからないが、とにかくこれ以上、速い乗り物もあるまい。今はただ逃げるのみだ!


「に、逃げてきたのですか?そんなにゴーガは強かったのですね。しかし逃げるのも一計です。わかりましたすぐ飛び立ちましょう。」

 そういって、白いスーツの女はすこし、戸惑った様子だった。

 そして私は、ダークエルフの後ろにまたがりドラゴンの背に乗った。

 ドラゴンは飛びだつ、なんとか無事に逃げることができそうだ。


 それにしてもこの二人は誰なんだろうか。私の味方なのか、敵なのか。まずはじっくりと探らねばなるまい。2年前に日本に転生したあの時のように。

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