神坂一『日帰りクエスト』を読む(2)
前回のおさらい&補足:
95年から97年にかけての『日帰りクエスト』は、神坂一作品において『スレイヤーズ!』に次ぐ知名度を持っていた。けれどもその知名度は98年の『ロスト・ユニバース』TVアニメ化により逆転、そのまま今に至っている。
当時はTVアニメ深夜枠の黎明期であり、ライトノベルのアニメ化自体まだ少ない時期だ。TVアニメ版『ロスト・ユニバース』は夕方、学校帰りの子供が見る時間帯に放送されていた(……翌99年からは『無限のリヴァイアス』も、誰をどう騙してか)。『日帰りクエスト』の知名度が3番手となったのは、むしろ当然とも言える。
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『日帰りクエスト』の上手さとは何か。その本題に入る前にまず、「上手さにも種類がある」と指摘しておきたい。あからさまな上手さと目立たない上手さがあって、後者を見るにはまず、「目立たない上手さ」に気づく必要がある。
ファインプレーを連発する、華麗な守備の選手が本当に上手い……とは限らない。より守備範囲が広い選手であればファインプレーですらないごく普通のプレーになっているかも知れず、たびたびエラーする選手は守備範囲が広く積極的なプレーの結果かも知れない。
文章でもそれは同じだ。何気なく読める文が何気なく書かれているとは限らない。と言うより文章は、何気なく読ませる時点でかなりの技術が必要となる。特に、ある程度の長さのものはそうだ。
恐ろしいことに、と正直に言ってしまうが、「何気なく読める文章が、技巧の塊であったりもする」のである。上手い人の文章にあれこれ言うのは、かなり恐ろしいことだ。本稿に畏まった調子があるとしたら、そう言うことだとご理解頂きたい。
前置きが長くなったが、『日帰りクエスト』の1p目(文庫版5p)だけを順に読んで行こう。行数わずか11行に、早くも上手さが詰まっている。
気がつくと、いきなり異世界だった。
「ををっ!」
思わず笑みを浮かべつつ、エリはあたりを見回した。
まず目を引くのは圧倒的なテンポの良さだ。一行目で舞台を明かし、次に飛ばされたであろうキャラクターの反応と名前を示す。「思わず笑みを浮かべつつ」も素晴らしい。キャラクターの物見高さがここで分かるからだ。
窓ひとつない、石造りの部屋!
怪しげな実験機材の数々!
「をををっ!」
部屋の隅から、彼女に視線を注いでいる、いかにもそれもんの魔道士姿!
「ををををををををををををっ!」
そして彼女の立っているところ――床より一段高くなった台座に描かれた魔法陣。
「これよっ!」
ここではさらに情報が提示されている。舞台そのものは定番とも言える設定であること。エリが辺りを観察する冷静さを併せ持っていること。そして、冷静さに勝るほど物見高いことだ。
改めて、整理しよう。
・舞台の紹介
・キャラクターの紹介(名前・性格など)
・次に出て来る人物の紹介
この重要な要素をあっさり、1p目で鮮やかに片付けている。もう一度言おう、ここまでわずか11行である。これを手際と言わずして何と言おう。
お約束を当然踏まえ、ショートカットとして使い倒した上でその裏を行っている。これを単純にパロディと言ってしまっていいものか。今こうして改めて読み直してみても、感嘆するしかない文章だ。
・
90年代当時。『日帰りクエスト』を手に取ったとき、本が薄いなと感じてはいた。確かに、1巻の本文は僅か190p弱ではある。では長ければそれでいいのか……そう考えるようになったのは、それからずいぶん経ってのことだ。
今なら、当時の僕にこう囁いてみてもいいかも知れない。「少ないページでも読んで満足なら、それは内容が充実してるからだよ」「さりげないけど、とても上手い作家さんなんじゃないかな」「いい小説を読んだんだね」と。
今。「1冊200pに満たない分量で、読者へ十分に満足を与えることができるのか?」……そう問われれば、ちょっと途方に暮れてしまうかも知れない。せめて本稿が、「何気なく読める」ようになっていることを願う。 ((3)に続く)
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