第19話:変化

――身体が熱い――


―――全身の血液が高速で巡っている――


――――全身が膨らム――


――気持ちがワルイ――


―――骨がイヤナ音を立てテ――


――イタイ、イタイイタイイタイイタイイタイ――


――――ヒトデナクナルノカ、マタバケモノニ――



そこに立つのは異形の化け物。

人にあらざる者。


目前の鉄の塊を見下すほどの丈。

衣服は破れ肥大した筋肉が露出。


目は黄金に輝き、赤黒く染まる身体。

手足の爪は鋭く太く鋭利な刃物と化す。


発語は不可能。

しかし思考・理解は可。

視力は遠くまでくっきりと見渡せる。

聴力は微かな音も見逃さない。

そこには人間の他に化け物しかいなかった。


『ウォォォォォォォォォォ!』

俺の咆哮が辺りに響く。

「な、何ですのこの化け物は?」

バケモノか。否定はしない。

「こいつが涼介の正体だ。こいつは細胞内のサイコスフフィアが異常に多くてな。普段は細胞内にびっしりとこいつが詰まっている。細胞もそれをもらさないようにしっかりとガードする。しかし、しかしだ。全身を外部から壊滅的な攻撃を受けると、一気に多数の細胞が破壊されてしまいサイコスフィアがもれだしてしまう。それを防ぐために細胞が倍近く膨れ、一気に漏れ出すのを防ぐというわけだ。こいつの変化はその副作用」

「馬鹿な!そんなでたらめな能力者見た事も聞いた事もありませんわ!」

「涼介ぐらいだからな。まあ一生このままでもないぞ。こいつの体内では元の姿に戻そうとする動きが既に始まっている。だが、その間やられっぱなしでは埒があかない。そんなわけで攻撃に特化した姿になっているわけだ」

「後退!後退しなさい!」

柄架弖の顔が引きつり、足で何かを踏む音が聞こえる。それと同時に戦車が鈍い音を立て後退する。

「涼介、遠慮はいらん。思いっきり暴れろ!」

言われなくても分かってますよ。

こいつを殺して早く元の姿に戻りたい。


「後退しながら撃つんです!あなた達ならやれますよ!」

砲台が再び俺を捕らえる。

「くたばりなさい化け物!死になさい!死になさい!」

駆けると同時に砲弾が発射される。狙いは勿論俺。しかし発射されるより早く斜めに避け再び駆ける。手動の装填なら連射は出来ない。

『グォォォォォォォ!』

右足を軸にして左フックを砲台の先に叩き込む。それだけで砲台が鈍い金属音を立てて折れ曲がる。間髪を入れず前方に蹴りを入れると再び鈍い金属音を立ててへこむ。同時に微かだが悲鳴が上がる。

戦車が完全に動きを止めた。

「くっ!」

 柄架弖がキューポラから飛び出そうとする。しかし、それを俺は逃さない。

 俺の肥大した手は空に逃れようとする柄架弖の細い脚を掴んだ。逃さぬようにきつく万力のように締め上げる。

「ぎゃっ!」

そして柄架弖の片脚は肉が潰れるような音を立て醜く千切れた。

離陸に失敗した柄架弖は翼を失った鳥のように無様に地面に叩きつけられる。

悲鳴を上げ地面を這いずる柄架弖から視線を外し、俺はキューポラに両手を入れ無理矢理穴を引き裂くように広げた。かなりの力を用したが、その甲斐あってか搭乗員が確認できた。


「ひぃ!」

生存搭乗員は残り三人。操縦士が力なく座り込んでいる以外、全員怯えている。だが、俺を殺そうとしたからには殺される覚悟があるってことだよな?

敵は全員黒の軍服姿。生き残りの二人を左右の手で掴んで上に持ち上げる。成人した男を軽々と持ち上げる行為を見た掴まれなかった一人は涙を流しその場を動かない。

「離ぜ!離ぜぇぇぇぇぇ!」

「だずげでぇ!だずけでぇ!」

首を捕まれた敵は必死に身体を揺らし、しゃがれた声を出し抵抗しようとする。無様だな。自分達の死を受け入れられないなんて。

俺は両手に力を込める。それと同時に敵の頭部と胴体が朱の液体を出しながら分離され俺の手元を離れる。

「あぁぁぁぁぁぁぁ!」

仲間の首のない死体を目の前にして最後の一人が悲鳴を上げる。耳障りな男の声だ。朱に染まった手で男を持ち上げる。

「ひぃぃぃ!嫌だぁぁぁぁ!やめろぉぉぉ!」

叫びを無視し男を手で固定したまま戦車の上から降りる。そして腕を大きく振りかぶり戦車の側面に叩きつけた。

悲鳴もなく嫌な音を立てて男の身体が後ろに直角に曲がった。上半身からおびただしい血を流している。


あっけなかった。時間にして一分も立たないうちに指揮官を除く全員が死亡した。たった一人の強化人間に。充実感、罪悪感など微塵も感じられなかった。あるのは人間に戻りたいという焦燥感。目線は片脚を失った柄架弖。

「て、撤退しましょう!撤退です!予想外予想外予想外!身体の一部を失っただけで飛翔が出来ないのも予想外!危険因子が化け物になるのも予想外!全部予測できなかった事です!こんなはずではなかった!戦車を潰す人間がどこにいますか!こうやって這いずればいつかは家に帰れます!仲間達が!仲間たちがむかえに、むかえにきてくれます!暖かい食事!そしてお風呂!ふかふかのお布団!ぐっすり眠れば朝が来てまたみんなと作戦をたてて、今度こそ危険因子を殺しましょう!」

俺が近くまで来ているのに柄架弖は気付かず這いずっている。彼女を追い抜き、目の前に立つ。

「まだ着かないのでしょうか?ああ、遠いですわ。そのうち着くのか心配になってきました。喉が渇きました。おいしいおいしい紅茶でも淹れてもらいましょう!もちろんダージリンで。それでそれで……」

彼女の手が俺の脚に触れた瞬間、言葉が途切れた。そして彼女はゆっくりと顔を上げ俺を見る。

「ひっ!ば、化け物!いつの間に!いつの間にここに?」

怯えた顔をした彼女の片手を俺は思いっきり踏みつける。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

肉が潰れる音と同時に柄架弖の悲鳴が響く。彼女の手は片脚と同じように千切れおびただしい量の血が流れ出す。もうこれで彼女はほぼ動けない。俺は彼女の頭を持つとそのまま持ち上げる。


「痛い痛い痛い痛い!何で!何でです!ここまでうまく事が運んでいたのに!あなたが化け物になるから!初めから無謀な賭けだったのですか?勝ち目はゼロだったのですね」

柄架弖は顔から涙を腕と脚から大量の血を流し俺を睨みつける。力なく四肢を揺らしながらも顔は怒りと悲しみに震えている。

「あきらめろ。お前は負けたんだ柄架弖・莉那。いくら叫んでも時計の針は左に動く事はない。早すぎたハロウィンはもう終わりだ」

俺の方に歩いてきたトモエさんが冷めた目で彼女を見る。

「残党狩りもこれで終わりだな。お前が死んだと分かれば残党の士気はがた落ち。もう二度と我々協会に逆らおうとは思わないだろう。お前らが望んだ理想郷は打ち砕かれた。現実を見ろ。助けが来ると思うか?涼介を殺せる程の兵器をお前達残党が用意し幾多の協会戦闘員の目をかいくぐり、撃てると思うのか?答えはNOだ」

「黙りなさい!黙りなさい!黙れ!黙れ!例え私が死のうと『暁の狩人』の意志を受け継ぐ者が一人でもいる限り理想郷は必ず実現可能!来駕様が夢見た世界の実現は超能力者がいる限り消えぬ!貴様らこそ悔やむがいい!指導者が死に神格化された世界を!いずれ大規模な反乱が起こるだろう!まだ捕えられてない幹部達が集結した時こそ、お前達の協会の最後だ!」

高らかに笑う柄架弖。血は絶えず流れ、身体から血の気が失せようとも彼女は笑っていた。

「涼介。……やれ」

手に力を込めると彼女の欠陥した肢体が地面に落ちた。

司令塔を失った肢体はそのまま動くことはなかった。



静寂だけがそこに残ったのであった。

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