第18話:鋼鉄人間vs真紅の魔女

「行くぞ」

俺は石畳の上を駆け出した。

軽い。脚が驚く程軽い。脚の筋肉が、骨が、全てが羽のようだ。駆ける足もバランスを崩す事なくしっかりと地面に付く。そしてすぐに地を蹴り出せる。

超能力者は身体能力が格段に上がる。それは細胞内にあるサイコスフィアが力を貸しているにすぎない。そのサイコスフィアを操る事が出来たら身体の一部分のみを最大強化する事が可能だ。

だが普段から鍛えてない俺の脚筋は悲鳴を上げている。いくらサイコスフィアを操れても外部が脆ければ壊れる。

「ぐっ!」

痛みを堪え、俺は駆ける。大丈夫だ。この距離なら脚は壊れない。そう自分に言い聞かせ目標を睨む。

距離が縮まる。もうすぐ本堂の階段に足が付く。

柄架弖は動かない。見下し微笑。分かっている。柄架弖は俺が接近すると鳥の壁を作るに違いない。だがそれは予測された事。このナイフはその壁ごとお前を切り裂く自信がある。いくらリーチが短い武器でもそこから連続して振ればいい。こいつは武装していない。隠し武器を持っている可能性も考えられるがいずれの武器も俺を傷つける事は不可能。油断しすぎたな柄架弖!

本堂に続く階段の手前で俺は跳躍する。いつもの何倍もの跳躍。身体を酷使しての結果。ナイフが鈍く光る。

「ふふふ」


だが、柄架弖はただ笑っているだけ。何故だ?なぜそんな余裕の目でなんだ?ふと柄架弖の目線が斜め下に向く。それにつられて自然と俺も目を下に向けてしまう。

どうして気付かなかったのだろう。

いや気付かない方が当たり前なのだろうか?

常識が通じない世界に溶け込んでいながらそれを予測しなかった俺のミスなのか?

――階段の踏み込みの隙間から黒い巨大な筒がそこにあった――

「あなたの負けです」

柄架弖の言葉と同時に激しい衝撃と爆音が俺に襲い掛かったのであった。

感じたのは今までに経験した事がない激しい痛み。何年振りかの口の中に広がる鉄の味。視界は白。重力に引っ張られる感触。

身体は動かない。視界は白のまま継続。しかし、耳だけは、聴力だけはなぜか遮られることなく情報が入る。


高らかに笑う声。柄架弖の勝利の笑い声だ。次に木材が砕ける音。そして背中に何かをぶつけた感触。それと同時に重力に引かれる感触が終わる。

「がはっ!」

それと同時に視界が戻る。手足は動かない。動くのは首と肩のみ。何かが動いている。

キュルキュルと何か乗り物が音を立て動く音。

俺はひどい痛みに耐えながらも仰向けのまま首を起こす。

「なっ!」

 

――そこには鈍く光る黒の戦車が俺を見ていたのであった――


「やりました!やりましたわ!どうですか危険因子、さすがのあなたも砲弾は応えたようですね!ああ、愉快愉快愉快!これほど気持ちいい瞬間はないでしょう!誰も傷を付けれない危険因子がこうやって口から血を流し、手足をぶらんぶらんさせて倒れてます!最高です!βエンドルフィンがドバドバでてるのが感じられますわ!そう、この柄架弖・莉那はあなたを殺すために戦車の砲弾を選択しました!びっくりしました?驚きました?絶望しました?全てはあなたを殺すために用意したのですよ!山の管理団体が残党の賛同者であることを見抜けなかったお馬鹿な市長!この山は通行止めになつていた?とっくの昔に通行可能な道が発見されていたのですよ!さらにさらにこさらに、この山の洞窟の奥深くにこの戦車が隠されていたんですよ!」

戦車の上部にあるキューポラから上半身を出した柄架弖が大声で叫んでいる。高らかな笑い声と満面の笑みで俺を見下している。

「管理がガバガバですよ昔の街の管理者!私の予想ですが、終戦間際に軍の関係者が形ある戦車を記念として残そうとこの場所に隠したのでしょう。何故山奥の洞窟という面倒くさい場所に隠したのか?疑問に思いましたが私はこれをチャンスと思い、腕利きの技師団に修復を任せました!そしたら、そしたら動きました!撃ちました!幸運の女神が味方をしてくれました!」

その時、数発の銃声音が鳴り響いた。

「無駄ですよ!旧式の戦車とはいえ鉄の塊。拳銃の弾ごときではびくともしませんよ可愛い可愛い我が愛弟子!」

「馬鹿じゃないのあんた!ここまでやる?」

「何を甘い事を?これは戦争なのですよ!残党代表と協会代表との真剣な戦い。ここまでしないと危険因子を殺せないと判断したから戦車を持ってきたのですよ!勿論、あなた方もただでは返しません!じっくりと追い詰めて轢き殺してあげますわ!」

そう言った後、柄架弖は再び俺を見下ろす。

「その前に、その前に危険因子に止めをさしましょう!苦しいでしょ?今から同じ砲弾をあなたに当てて差し上げます。残党の中でも戦車の砲撃手として名高い彼ならば的確にあなたの身体をばらばらにしてくれるでしょう!」

砲台がゆっくりと音を立て俺の方を向く。

「いいや柄架弖、お前の負けだ」

不意に俺の後方からトモエさんの声が聞こえた。

「今何と言いましたか?」


「もう一度言おう。お前の負けは今確定した」

ゆっくりと俺の目の前にトモエさんが現れた。

「何が言いたいのです和服女?」

「言葉通りだよ。こいつがなぜ危険因子と呼ばれてるか理解しているのか?鋼鉄のように硬い身体を持つ人間。それだけで協会が危険因子指定をするのか?」

「誰も傷つけられないと噂の危険因子なのですから厄介者には違いありませんわ」

「それは表側に過ぎない。一つ教えてやろう。サイコスフィアは細胞内に存在する寄生虫みたいなものだ。宿主を失ったサイコスフィアは当然死んでしまう事になる。もしだ。サイコスフィアが意思を持ち、宿主を死なせまいと奮闘したらどうなるか?」

「サイコスフィアに意思?馬鹿馬鹿しいですわ!所詮サイコスフィアは能力の源。それを扱うのが我々能力者。意思なんて物はないですわ!」

「ほう、ならお前は奇跡の瞬間に立ち向かうという事だな。さあ涼介見せてやれ。お前の真の姿を!」

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