第17話;決戦・剛雷寺
「ここが……剛雷寺か」
ヘリは剛雷寺の門前に無事着陸した。無数の亀裂が入った外壁と重くそびえたつ三門が俺達を迎えた。かつては多くの参拝者を迎え入れた入り口は拗ねたかのように沈黙を保っている。外壁のすぐ上空をまたもや無数のカラスが旋回していた。そしてカラスの雲から漏れる明りが中に人が存在する事を証明している。
「準備はいいか?」
武藤がスーツとワイシャツを脱ぎながら問う。赤黒い筋骨隆々の身体があらわとなる。
「いつでもいいぞ」
トモエさんは両手にジャマダハルを装備している。いつもは遠距離担当のトモエさんであるが、元は接近戦を得意とする女兵士だ。
「ええ、覚悟は出来てるわ」
魔女は何も装備してない。グレンから借りた銃はどこにしまったんだ?
『皆聞こえるかい?』
耳に付けたイヤホンからグレンの声が聞こえる。俺達全員に渡されたイヤホン。なぜ今になって渡されたのか謎だ。さらに俺のイヤホンのみ、上部に超小型カメラが付けられている。グレン曰く、俺は撮影係らしい。
『もう一度任務内容を確認するよ。柄架弖・莉那の抹殺と月野・都の生存。すごくシンプルな任務だよ。なお、操られた者がいた場合、善・悪関係なく排除してもいい事になっているからね』
「つまり、皆殺しでいいんだな?」
『その通りだよ涼介。行方不明者は年間約十万人。その中に彼らが入るだけさ。ああ、そうだミヤコ』
「何よ?」
『君は今から戦場に立つ。躊躇しちゃ駄目だよ。子供だから殺さないとか良心は捨てるんだ。武器は君に他人を傷つける手助けをしてくれるけど、武器は君を護る事を考えてはくれない』
「分かってるわよ。帰りを待ってくれる娘がいるのよ。その娘の為に私はどんな手を使っても帰るだけ。良心や躊躇なんて天使に返却済みよ」
『それを聞いて安心したよ。それじゃあ任務を開始してね。協会員に幸運あれ』
三門を開くとそこは奇妙な光景が広がっていた。
「嘘だろ……」
広がる灰色の砂利の庭園。その中央に石畳の路。その先にあるのは寂れた本堂。左右の端に寂れた平屋の建物。広々とした敷地内のわりに施設が少ない。しかし気になる所はそこではない。大きめの移動式夜間照明が四方に設置され、辺りを照らしている。
上空には数多のカラスが絶えず旋回し漆黒の雲を作り出している。
そして本堂の前には武装し包帯を全身に巻き、白の南瓜を被った人間が隊列を組んで立っている。その数およそ五十。全員手にはマチェットが握られている。
「時間ぴったりですね!お待ちしておりましたよ!」
本堂の階段の上には紅のブロケードローブに身を包んだ黒幕が両手を広げ歓迎のポーズ。
「どうです戸塚・涼介!和洋折衷なアンバランスな世界!異国の祭りを仏の祀られる地で行う!ありえない世界でしょう!」
テンションの高い声が響く。親に初めて作った創作物を見せびらかす子供のように。
「悪趣味だな。これが最高の演出なのか?」
「芸術はいつも凡人には理解できない世界なのです。蒼一色に塗られたキャンバスに白の一本の線を引いた作品が四十億で売れた絵があるのですからね。あの方が生きていたらさぞかしお喜びになったのでしょう!」
その言葉と同時に包帯南瓜達が一斉に拍手をする。気持ち悪い光景が目に入る。
「さてさて、可愛い可愛い私のお弟子さん。逃げずによく来ましたね。最後の試練を授けましょう!ここにいる操られた人間達を殺してみなさい。しかし、しかし今回はこの者達は罪人ではありません!罪人ではありません!一般市民!そうただの一般市民なのです!さらにこの街の住民です!当然住民票もあります!税金も納めています!これは殺すと心が痛むでしょう!痛むでしょう!あなたは殺人者として一生生きていくのです!でも殺さなければ私を倒せません!勿論、協会の者に強力してもらってもいいですが殺さないと試練クリアとはなりません!」
寺院に響く高く黄色い声。しかし、魔女はただ無表情で柄架弖を見ている。
「恐れましたか?それとも無理に無表情を作っているのですか?ああ、魔法使いは冷静にを実行しているのですか?いい心構えです!」
「ねえ、あんたこんな名言があるんだけど知ってる?」
不意に魔女が口を開いた。スカーフに手を掛け整えている。
「何でしょうか?」
「とある喜劇王が言ってたのよ。『一人を殺せば殺人者だが、百万人を殺せば英雄だ』ってね」
その言葉と同時に魔女がスカーフを取り、片手を後ろに回す。何かを握る音。そして次の瞬間、銃声の音が数回鳴り響いた。
「なっ!」
俺の目に映るは倒れている数名の包帯南瓜。いずれも南瓜の中から赤い液体を大量に流し、包帯を赤に染めていた。
魔女の右手には拳銃が握られていた。躊躇いもなしに撃ちやがった。柄架弖が一般人と言ったにも関わらず。
「私は覚悟が出来ているの。さっさとこの戦いを終わらせて日常に戻りたいのよ」
銃口が少し上を向いた。標準は多分だが柄架弖だろう。しかし柄架弖は臆することなくにやりと笑う。
「面白い!面白いですよあなたは!私の仲間達でもここまで狂った人間はいませんでしたわ!あなたは非常にサイコパス!いえ完全にサイコパスですわね!」
「うるさい!」
再び連続して鳴る銃声音。しかし……
「その距離で私を殺す気ですか?前回も同じ事をしてますよ!」
魔女の目の前に血塗れのカラスが数匹落ちていた。前回同様鳥を楯にして防いでいる。
「私を殺すなら接近する事。それが攻略法」
魔女は柄架弖を睨みつけスカートのポケットからマガジンを取り出しリロードする。
「さあ、行きなさい我が忠実なる僕達!殺しなさい!殺しなさい!殺しなさい!」
その言葉を合図に包帯南瓜達が一斉に動き出したのであった。
「涼介、都を護れ!前に出るのは私達だけで充分だ」
「相手が一般人とは物足りないがまあいいだろう。鋼鉄人間、殺し損ねた奴の処分がお前の仕事だ」
「了解した」
『相手が持ってるのはマチェット。日本では鉈と呼ばれてる武器。本来は木を切ったり野生動物を解体したりと武器と言うより道具に近い存在だね。一撃の威力は高いけど重いから連続攻撃には向いていないよ』
「グレン、解説はありがたい。だが……」
トモエさんが腰を落とし敵勢に突進する。ありえない速さ、そして次の瞬間には数人の包帯南瓜の首が吹き飛んでいた。さらに数人の包帯南瓜の手足が宙を舞う。
「所詮こいつらは烏合の衆。戦闘力皆無の一般人が武器を持った所でただの的でしかない」
武藤もそれを合図に敵勢に突っ込む。拳が包帯南瓜を襲い、骨が砕ける音が響き、鋭い蹴りで敵が吹っ飛ぶ。次から次へと止まる事なく場所を素早く変え、各個撃破していく。
「トモエって強くない?」
「トモエさんは九十年間軍人をしてるんだ。戦いのスペシャリストだよ。その気になればナイフ一本で熊を殺す事が出来るらしい」
そうこう言っているとトモエさん達の猛攻を抜けた包帯南瓜が襲い掛かってくる。
「シャアアアアアアアア!」
奇声を上げマチェットを振り上げる包帯南瓜。普通の人間なら恐怖で身体が硬直し
いしまい、死に繋がる。しかし、攻撃に恐怖を感じない。
べストの内側からナイフを取り出し、一閃。
真紅の刃が線を描き、包帯南瓜の上腕を絶つ。地面に叩きつけられた金属音が響く。
動きが止まる包帯南瓜。その無防備な身駆の胸部にナイフを押し込む。
勢い良く流れる赤色の水。まるでダムに穴を開けたように。そして包帯南瓜は声を上げることもなく倒れる。
次に襲い掛かる包帯南瓜は攻撃が始まる前に袈裟斬り。バターを切るように骨に邪魔されることなく入る。痛みに耐え切れず地面を転げまわる包帯南瓜を無視し次の戦闘に移る。
「涼介って強いのね」
感心したような声が背後から聞こえる。
「別に強いってわけはない。情や恐怖心を無にすれば簡単に出来る。さらにこのナイフに斬れない物なんてない」
特殊な金属で作られたこの武器は人を選ばず力を十二分に発揮してくれる。現に俺は切るときに力をほとんど使っていない。向かってくる敵に向かってナイフを適当に相手の急所に近い部分に攻撃を加えるだけ。そしてまた一人、ナイフの犠牲となり生命活動を終わらす。
魔女もただ護られているだけではなかった。隙あらば拳銃で動きの止まっている包帯南瓜を容赦なく撃ち抜く。正確に南瓜を打ち抜き、血塗られた南瓜を作り出す。
包帯南瓜が全滅するまでそう時間はかからなかった。
気がついた時には死体の山が砂利の庭園に築き上げられていた。ある物は身体の一部を失い、ある物はおびただしい出血を伴い庭園は赤一色に染まる。勿論、俺達も返り血で至る所が赤い。
「つまらんな。準備運動にもならんぞ」
トモエさんが足元に倒れている死体を蹴り飛ばしこちらに合流する。
「ああ、毒を使うわけでもなかったな。さて後はお前さんだけだ」
武藤はつまらなそうに柄架弖を見る。
『涼介、涼介!』
不意にグレンの声が耳元に響く。
「どうした?」
俺は柄架弖から視線を外さないまま小声で答える。幸いにも柄架弖は魔女と会話をしてる。
『これは個人通信。君にしか聞こえない通信だよ。やばい情報が入った』
グレンの深刻な声。普段からおっとりした声とは違う。
「何があったんだ?」
『協会専用特別攻略潜水艦がそこにミサイルを発射しようとしてるみたいなんだ!』
俺は一瞬グレンの言葉を疑った。協会は非常事態に備え密かに兵器を所持している。あくまで防衛目的のため使用される事は一部を除いてほとんどない。
特別攻略潜水艦『バラムツ』もその内の一つで、主に侵略艦隠密破壊艦として活動している。
『バラムツの武装の一つにPCM、範囲指定誘導弾があるんだよ!そいつでこの山を吹き飛ばすつもりだ!』
「もうすぐ決着が付く。それに、大事になると困るのは協会側じゃないのか?」
『涼介、協会側は残党に本気を見せるつもりらしい。日本という表側では平和すぎる国では兵器を軽くは使えない。そんな概念を拭い去り徹底的に叩くという姿勢を見せている』
協会側は何を考えてるんだ。表沙汰にせず、隠密に行動するのが協会の鉄則のはず。
『……涼介。皆を連れてヘリで離脱してほしい!いくら君が鋼鉄の身体を持っていてもミサイルには耐えられないよ!』
それが一番の安全策だな。だが一つ疑問が残る。なぜ俺達が着く前にミサイルを撃たなかったのか?答えは簡単だ。俺達もろとも今回の事件を消滅させるつもりに違いない。危険因子と不老者、貯毒者、魔女。一気に四人もの厄介な能力者を葬れる。勿論逃亡すれば柄架弖も不審がってすぐに後を追うに違いない。
「……なあグレン。ミサイル発射まで後何分だ?」
『盗聴者によると約十分後らしい』
「それまでに柄架弖を殺せたらミサイルは止まるか?」
『……止まる。確定ではないけどね。だけど時間がもうないよ涼介。逃げて!』
それは出来ない。俺や魔女や武藤が死んでもどうも思わないが、トモエさんだけは死なすわけにはいかない。夢美ちゃんの前ではただの上司と言ってたが、気難しい俺の面倒を見てくれたトモエさん。俺の人生の中で唯一尊敬し敬愛する人物。彼女の前で逃亡し泥を塗るようなまねはしたくない。
「グレン、俺はな早く海外旅行に行きたいんだよ」
『涼介?何を言ってるんだい?』
「パスポートも取ってるし英会話に慣れるため高い金出して勉強もした。海外の気候やら文化やら雑学もいらないのに学んでしまったんだよ。この任務が失敗したら今ままでやってきた事がパアだ!」
いつの間にか声を上げていたのか不審の目が俺に向けられる。しかしかまわない。もう決めた事だ。覆ることはない。
『涼介!止めるんだ!君を失いたくないんだ!』
「トモエさん。魔女を頼みます」
ナイフを逆手に持ち腰を落とす。目標は柄架弖ただ一人。
「涼介!まさかお前……」
「そのまさかですよ」
両脚に力をこめる。両脚の細胞内のサイコスフィアが暴れているのが感じられる。
熱い。脚内で火花が散っているようだ。
目標は動かない。微かに笑っている。俺が護るしか脳のない人物だと驕っている。
「行くぞ」
俺は石畳の上を駆け出したのであった。
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