第14話:黒幕と喫茶店
深夜三時。俺は煙草を買いに行くと言う名目でホテルを出た。
街の人通りはまばら。走る車もまばらだ。
ホテルの近くに深夜に営業している喫茶店がある。
『深夜喫茶・ 小夜啼鳥』
広めの店内の奥の席にそいつは座っていた。
「お前、度胸ありすぎだろ」
そいつの対面の席に俺は腰を降ろす。すぐさまウエイトレスが駆けつけて注文を聞いてきたのでコーヒーを頼む。
「この国だからこそ出来る事ですわ」
黒幕、柄架弖・莉那は微笑みながら俺を見る。
紅のブロケードローブ姿ではなく、紅のパーティドレス姿である。
こいつから連絡が来たのは深夜三時前。俺達が疲れて、眠りについていた時だ。
『起きてください危険因子さん。そして試練クリアおめでとうございます危険因子さん』
頭の中ではっきりと柄架弖・莉那の声が響いた。脳内に無線機のように語りかける事が可能になる超能力『精神通話』だ。
仕組みははっきりと分かってないが、サイコスフィアには周波数的な物が存在し、精神会話能力を持つ者は相手の周波数を知ればメッセージを一方的に送る事が可能である。勿論、精神通話の能力を持つ者同士ならば会話も可能になる。
柄架弖の伝言は簡潔だった。今から近くの喫茶店に一人で来い。
「でも本当に一人で来てくれるとは思いませんでしたわ」
「もし複数で来てたら?」
「この喫茶店を爆破する所でしたわ」
「それは困る。この喫茶店の雰囲気好きなんだ」
俺達はお互い笑う。はたから見れば仲のいい男女に見えるだろう。
「それで、魔女ではなく俺に何の用だ?」
「もうあまり時間がないと思うのです。映画の様に最終決戦で動機を語る暇なんてありません。どちらかが瀕死に陥った時、私の過去を聞ける可能性は高くありません」
「だから今のうちに話すのか?映画なら興醒めもいい所だぜ」
その時、コーヒーが運ばれてきた。いい香りが鼻腔をくすぐる。
「興醒めでいいんですよ。私は映画の監督ではないのです。復讐こそが全て。シナリオの流れなんて関係ありません」
「お前、柄架弖・修三の娘なんだろ?」
「はい。現市長に殺された柄架弖・修三の娘ですわ」
柄架弖は湯気のたっていないコーヒーを一口飲む。
「事件の方もお聞きになりましたね?」
「ああ、実に協会らしい方法だ。その前に、なぜ俺を呼んだ?過去を語るなら位の高い武藤か欧羅・巴にすればいいじゃないのか?言えば俺は只の社員だぞ」
危険因子と謳われているが、与えられた任務を日々こなすだけの存在。地位も発言権も皆無に等しい。畏怖はされているが。
「完全な組織の犬ではないからですわ。蒼の双璧の人間は組織の一員である事を誇りに思うあまり陶酔する異常集団。しかしあなたは違います。どこか冷めた印象。自分の居場所が確保されればそれでいいと思っている。欲も無く、理想も思想もない。高望みもない。現にこうやって無防備の私を拘束しようとしない」
どこから調べたか分からないが、彼女の言う事は当たっている。俺には理想、思想はない。組織である事に誇りなど持っていない。昔から疎まれ、生きててよかった思える事は皆無。だが、この能力のせいで自害は不可能。何となく、ただ今を生きている。
「拘束しないのはこんな場所で騒ぎを起こさせたくないからだ。いくら協会が治安維持最優先と言おうが、もみ消すのは容易じゃない。それにこうやって独断で会ってるのも規則違反だからな。クビにはならんが監視の眼がさらに厳しくなって生き難くなる」
「なるほどなるほど。面白い人間ですねあなたは。話を戻しますと私はあの事件で死ぬことなく生きのびました。いえ、正確には放置されてれば間違いなく死んでいました」
柄架弖は目を閉じ語り始める。
「崖から転落した車は勢い良く地面に向かって落ちていきました。当時、幼かった私は訳が分からず落ち行く景色、血塗れの父を見ていました。死という感覚は何故かなかったのです。助手席には酔いやすい弟が乗っていて、悲鳴が聞こえました。時間の流れがその時異常に長かった事を覚えています。やがて見えたのは森林地帯。その時です。後部座席のドアが開き、それと同時に私は母に押し出されました。信じられないかもしれませんが、確かに母が私を鉄の塊から空中に開放したのです」
そこで柄架弖は話を区切り、コーヒーを飲む。
「後は木の葉と細い枝の集合体は私の身体を切り刻むと同時に有難くないクッションになりました。そして地面に落下した時、隣で物凄い衝撃音がしたのを覚えています。意識はそこで途切れました」
そこまで言うと柄架弖は再びコーヒーを飲む。
「気付いた時は病室の中でした。真っ白な壁、真っ白な包布。真っ白な天井。全身に激痛が走り、涙が出ました。そして私を覗き込む一人の男の人。『君にサイコスフィアが根付いた。共存したまえ』その彼こそ、私を絶望から救ってくれた人物、狭霧・来駕だったのです」
「狭霧・来駕だって!?」
俺はその人物を聞いた瞬間、驚きを隠せなかった。
「あなたも知っているでしょう?『蒼の双璧』と敵対する過激組織『暁の狩人』私はその残党に拾われたのです。そして彼のおかげでここまで能力を使いこなせるようになりました。一時期は来駕様の片腕と呼ばれるまでになりました」
狭霧・来駕。超能力者の中でも最高峰の強さを誇り、蒼の双璧の精鋭が彼によって何人も倒されている。性格は残虐非道。人間を殺す事、いたぶる事を快感として生きている異常者。暁の狩人が壊滅した後も生き残り、残党を結成し組織の再生を図っていた。
しかし、一年前に地上最悪の危険因子である少女を殺そうとして返り討ちに会い、殺された。
「残党はもう勢力を失いつつあります。組織の豪傑を失い、後は烏合の衆。指揮は低下。さて、この残党の指揮を上昇させるのにいい手があります」
「……復讐は建前。本音は俺達組織にダメージを与え、残党の結束力を高める」
「そうです。おかしいと思ったでしょう?復讐と言っときながら本気を見せなかった私を。その気になれば動物を何匹も使役し、街を絶望的状況まで追い詰める事なんて簡単。でもそれだけでは残党は満足なんてしません。そう目的は戸塚・涼介。あなたを殺すことです」
やはりか。組織の中でも厄介と言われた危険因子。その俺を倒したとなると組織に少なからずダメージが行く。
「あなたは鋼鉄の肉体を持つだけで、不老不死ではありません。外からの衝撃に強いだけ。戦闘能力は皆無。勝算はあります」
「言っておくが、俺の身体に傷を付けた奴なんて一人もいなかった。生半可な攻撃では俺を殺せない。それだけは言っておく」
「ご忠告ありがとうございます。既に手は打ってますので後は私からの連絡を待ってください。最高の演出を用意いたしますので」
そしてお互いコーヒーが飲み終わる。
「了解した。楽しみにしてるぜ」
翌日、目が覚めると既に昼前だった。さすがに明け方に寝たのが身体にきたようだ。
「柄架弖との接触で面白い事になった」
俺はテーブルの席に腰掛けている三人に昨夜の出来事を話す。
「なるほど、これは面白い。残党狩りで一番効率がいい方法は希望を徹底的に打ち砕く事。幸いあの狭霧・来駕が倒れた今、強力な能力者は柄架弖以外いないはずだ」
武藤が楽しそうに笑う。
俺を含め、四人の目の前には砂糖たっぷりのミルクティーが置かれている。
「本来ならアジト探しが一番なんだが、なんせ残党はあちこち散らばっていて探すのが非常に面倒だ。ここは一つ、希望の能力者が倒れる所を見て絶望してもらおう」
「で、でもさ涼介!相手は嫌らしい魔女なんだよ!絶対に勝てるの?」
「勿論。俺は負けた事は一度もない。しかし、自分で勝利を得た事は一度もない」
「その通りだ。涼介はほとんどの攻撃を受け付けない鋼の肉体の持ち主だ。そして涼介の持つナイフは鉄をも簡単に斬る事のできる。人間なら骨ごと簡単に切り裂く」
「多分だが、柄架弖はまた洗脳で人間を兵士に仕立て上げるつもりだ。だが、俺達協会は治安維持が最優先。多少の犠牲は目を瞑っていただこう」
奴が残党と分かれば容赦はない。現時点での協会の第一目標が残党殲滅だからだ。
「て言うかさ、その暁の狩人って何なの?」
都が不思議そうに聞いてくる。
「一言で言えば自分達だけの世界を作ろうとする過激派組織だよ魔嬢。俺達『蒼の双璧』の目標が超能力者の自然消滅であるとは逆に、彼らの目標は超能力者の繁栄、そして人類を独裁的に支配する事だ」
その昔、超能力者の間で二つの対立が生まれた。超能力者の中でも選ばれた超能力者が人類を独裁で支配しようとする団体。もう一つは超能力者という存在は危険すぎるため、能力者の生殖機能を失わせ消滅の道を辿ろうとする団体。それが「暁の狩人」と「蒼の双璧」だ。勿論、現代の思想において独裁などという妄言が大多数の反発を買う結果となってしまい、「暁の狩人」は消滅の一途を辿るのであった。
「独裁支配?お侍さんの時代じゃないのに馬鹿じゃないの?」
「そのお馬鹿な事が未だ世界で実行されてるからな。さて、いよいよ最終決戦なんだが多分あいつは俺と魔女を指名してくる可能性が高い。俺一人ならまだしも、魔女が死んでしまっては市長とからの任務が失敗になってしまう。てなわけでトモエさん。魔女に武器を持たせたいんですがいいですか?」
本来、俺に武器を譲渡する権利なんて認められていない。だがこの任務は非常に難しい。先程のフランケンとの戦闘とは違う。柄架弖が最終決戦で武器を提供してくれる可能性は百パーセントではない。
「譲渡?鋼鉄人間よ、お前まさか武器を持っているのか?」
「規則違反ってのは分かっている。だけどな武藤。俺は武器なんて持ってないさ。武器を持っている知り合いに貸してもらうだけさ。市長は始めに言ったんだぜ。どんな手を使ってもかなわない。責任は市長に取ってもらうさ」
知り合いから武器を購入、借りる、それを貸す事は勿論規則違反という事は分かっている。だから市長にこの事をうまく揉み消してもらう。
協会の重役クラスの権限を持ってすればこのくらい余裕だろう。
「……分かった。許可しよう」
トモエさんは難しい顔で頷いた。
「それで誰に借りるんだ?武器を持っている知り合いなんていたのか涼介?」
「いますよ。トモエさんもよく知っている人物です」
そう言って俺はその人物に許可が出たというメールを送る。
「もう間もなく来ますよ」
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