第13話:柄架弖の過去
「戻ったぞ……」
スイートルームのドアが開き、トモエさんが戻ってきた。
「トモエさん!」
黒の着物姿のトモエさん。しかし、その着物は所々破れ、額から血が流れている。
「全く……スナイプポイントで奇襲されるとは、歳を取りすぎたかな」
「トモエ、大丈夫なの?」
「ああ、髑髏を描いた南瓜を被った男に襲われたが何とか勝てた」
「髑髏?」
「そうだ。骨の形をした短剣を二本装備していた。軽快な動きに隙のない攻撃。倒せたがライフルがおじゃんになってしまったよ」
オレは無言で袋に梱包されたバスタオルとホテル用の浴衣を渡す。
「ありがとう。シャワーをいただくよ」
トモエさんは微笑むとバスルームに向かったのであった。
「手当てしなくていいの?」
魔女が俺を睨む。
「トモエさんは驚異的な治癒能力を持っているんだよ。あのぐらいの傷なんて一晩で回復するさ」
武藤は先程からソファに座りウィスキーを絶えず飲んでいる。既にボトルが三本空いている。そしてテーブルには数枚の写真付きの書類。
「さっきから何を読んでるんだ?」
「これか?この事件で洗脳された、洗脳された者に殺された人物に関する書類だ」
書類を見ると右上に顔写真。その下に罪状名が書かれている。
「……おいおい、こいつら全員罪人かよ!」
「そうだ。喫茶店で殺されたマスターは薬の売人。倉庫にある樽の底から大量のコカインが見つかったよ。そして客の全員は刑務所で出所した過去を持つ奴ら。いずれも覚せい剤所持犯。さらにあの大男も過去に刑務所に入っていた男だ。こいつも覚せい剤で捕まってる」
「覚せい剤ってそんなに簡単に手に入るの?」
「魔嬢。覚せい剤は簡単に手に入るんだよ。今度繁華街の外国人に声を掛けてみろ。諭吉一枚で買えるぜ」
「買わないわよ!飲むと気分上々だけどその後は気分下々になるんでしょ」
「そうだ。さらに依存度が高すぎて止めてもまた手を出してしまう。そして待ってるのは廃人と化した自分」
そこまで話すと武藤はウィスキーを一気に飲む。
「店にいた奴らは朝からコカイン入りコーヒーを飲んでいたみたいだ。科捜研からの報告でかなり濃い目に入れていたらしい」
「喫茶店が薬の取引所になっていたってこと?」
「そうだ。年々薬物事犯は減少しているがゼロではない。意外な所で取引されているんだよ。さて薬物の話はここまでにしよう」
そして武藤はスーツの胸ポケットから一枚の写真を取り出した。そこに写るは先程対面した今回の黒幕、柄架弖の姿。
「黒幕の名は柄架弖・莉那。能力は洗脳と飛行。協会の能力者データーベースに検索してみたが照合せず。だが俺はこいつの名を知っている」
「知っている?」
「ああ、十年前に俺達『蒼の双璧』が始末した女だ」
始末した?じゃあなぜ俺達の目の前で生きているんだ。
「正確には始末したはずだが遺体が見つからなかった女だ。生きていたら成人、名乗った名前、市長への復讐。以上から本人である可能性が充分ある」
「遺体が見つからなかったって、協会にしてはありえない失態だな」
『迅速遂行・隠蔽工作・情報操作』のスペシャリストとして名高い保護協会。この協会のおかげで世の中に超能力者が存在することが公にされてない。
「まだ創設して間もなかったからな。そして始末した当時のメンバーの慢心もあった。この事件は秘密にされていて協会の創設メンバーしかしらない情報だ。現市長が保護協会のメンバーという事は知っているな」
俺は頷く。現市長、嵯峨根は普段は「筋肉があれば大丈夫!筋肉で語り合う街を作ろう」と筋トレばかりしているお馬鹿市長だが、裏では保護協会の重役を勤めている。プロのボディビル顔負けの身体に日焼けした褐色の肌。しかしいつも笑顔を絶やさず、的確な判断で職務を全うしているため市民による支持は高い。
「十年前、市長選で立候補した現市長『嵯峨根』と黒幕の父『柄架弖』二人は有力候補だったが、協会がバックについている嵯峨根が当選となる事は誰もが確信していた」
「協会がバックって……。投票するのは市民でしょ。確定するなんて自信、どっから沸いてくるの?」
「そりゃあ魔嬢。俺達協会は政府とこの国を守る約束をしてるからな。日本全国に超能力者の代表が何人かいた方が都合がいいだろ?もう平和な時代は終わったんだよ。治安維持が第一目標。ただの人間がただの人間を代表に決める事なんて昔の話だ」
「じゃあ投票するって事は……」
「ああ、悪く言えば出来レースだ。投票箱の中に入った紙を数えるのは誰だ?なんで未だ紙による投票が行われている?答えは簡単。すり替えが可能だからさ」
「嘘でしょ……」
「嘘じゃないさ。もしただの人間が代表になってみろ。一から今のこの国の現状を教えなくてはいけないんだぜ。信じるか?絶対信じない。だからすり替えて能力者を代表にしてるのさ」
超能力者による犯罪は年々増加している。勿論表沙汰には出来ないのでそれを迅速に解決する必要がある。そのためには有能な指揮官が必要だ。
「特に今俺達がいる近畿地方は超能力犯罪が多い。このエリア一帯の代表者は全員超能力者と思っとくんだな。……話を戻そう。投票日が近づいたある日、柄架弖が嵯峨根の息子を誘拐した」
「誘拐!」
「ああ、まだ五歳になったばかりの幼稚園児をな。彼の要求は自身の当選と今後の全ての選挙を公平に行う事の二点。彼は俺達協会の存在を知っていたんだ。一般人の奴らがなぜ俺達の存在を知ったか分からないが、協会内でかなりの衝撃が走った。要求を呑まなければ息子が殺されさらに重武装した反超能力団体がこの街で殺戮行為を行うと」
「そ、それでどうなったのよ!」
「魔嬢、この事件は直ぐに解決したさ。奴は俺達協会を舐めていた。いやいや、協会が治安維持を重視している事に気付かなかった。目的のためならばいくら犠牲を払ってでも目的を遂行する。それが協会の掟。その犠牲がどんなに大切な者であろうとな」
「大切な者……。ちょ、ちょっと待ってよ!」
「すごく感がいいな魔嬢。まさか人質と自分と自分の妻と子供達が乗った車に弾丸が撃ち込まれるなんて思いもしなかっただろうな」
そして武藤はテーブルの奥に置いてある古新聞の一部を俺たちの目の前に置いた。
【崖から転落した乗用車炎上。四人死亡】
記事には山中の道路を走っていた一台の乗用車がガードレールを突き破り崖に転落。死亡したのは選挙候補の柄架弖・修三。その妻の清子と娘の莉那。息子の修一の四名。警察の調べでカーブを曲がり切れなかったのが原因と書かれてあった。
「この車には現市長の息子も乗っていたんだよ。勿論、死んでいる」
「そ、そんな。自分の息子を殺したと言うの?」
魔女の顔が青ざめる。今までの中で一番酷い青ざめ方だ。
「市長は言った。国の治安維持と血を分けた子。天秤に掛けてみろ。明らかに傾くは治安維持。組織の結束が固まった今こそ私情に流される時ではない」
「でも自分の息子よ!おかしいわよ!」
「おかしくても真の理想を築くため、市長は決断した。早すぎる決断が功を成したか協会の隠密部隊が奴の行動を監視。そして選挙活動中にも関わらず、家族で山中の温泉に行くという情報を入手する。勿論、子供達には人質は親戚の子で遊びに来ているという名目にしているから一緒に連れて行く。しかし、真の目的は市長の息子を奴のアジトに本格的に監禁する事。後は先程言った通り。協会の中でも一番の狙撃手に運転手である奴の頭を打ち抜いてもらったのさ。死んだ奴はハンドル操作なんか出来ねえ。そのまま崖に真っ逆さま」
そこまで言うと武藤は魔女の顔をじっと見つめる。
「魔嬢。その転落事故で娘の死体だけがなかったんだよ。警察に念入りに根回ししといたのに消えていた。それがあいつ、柄架弖・莉那だ」
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