第12話:フランケンシュタイン

「さあ、パーティーの始まりです!」

その言葉と同時に塊の中から大柄の男が飛び出してきた。灰色のジャケットに白の防弾チョッキ。ボルトの刺さった縫い傷だらけの南瓜を被り、手には棍棒。脚には防弾ギアを付けている。その姿はまるで……

「フランケンシュタイン……」

「日本のハロウィンと言えばこの怪物が出てきますわね。動物ばかりで飽きたでしょう。たまには人間を相手に戦ってみなさい新米の魔女さん」

そう言うと柄架弖は再び杖を振る。それを合図にカラス達が柄架弖を囲み始めた。

「お前は何が目的なんだ?何のためにこんな事をする?」

「この街の市長への復讐。そしてある人の理想を実現するためとだけ言っておきますわ」

「復讐だと?」

「ええ、なので是非ここで負けて死んでください危険因子さん。それではまた生きてたらお会いしましょう」

そう言い、カラスで身を固めた柄架弖は背後で飛び回っていたカラスと共に浮き上がりあっという間に漆黒の闇の中に消えたのであった。

残されたのはフェンスの周りを飛び回るカラスとうなり声を上げているフランケンだけ。なぜか知らないが攻撃態勢を取ってない。

俺は片手で銃を構え携帯を取り出しグレンに掛ける。

『どうしたんだい良介?』

「防弾チョッキを着た大男がいるんだがトカレフはどの程度の威力なのか教えて欲しい」

『戦闘中なのかい?正式名称トカレフTT‐33。旧ソ連の拳銃だね。過酷な環境に強く、弾丸の貫通力に優れているよ。普通の防弾チョッキなら貫けちゃうんだ。装弾数が八発しかないから考え無しに撃たないほうがいいよ』

「八発か、少ないな」

『でもなんでその銃を選んだんだい?拳銃ならベレッタやUSPのほうが使いやすいよ』

「相手がこれで戦えって言ってきたんだ。まあいざとなったらナイフを使うさ」

『そのほうがいいよ。じゃあ幸運を祈るよ』

通話を終了し携帯をしまう。

「この状況でよく電話なんかしてられるわね」

魔女が呆れた顔で俺を見る。フランケンは相変わらずうなり声を上げ立っている。

「情報は大事だぞ。さて、お前は飛んで上空から銃を撃てるか?」

「ええ、こう見えても海外で射撃経験があるからね。空中で撃つのも地上で撃つのも変わらないわ!たぶん!」

魔女が箒に跨り、宙に舞う。

「さて戦闘準備が整ったぞ。かかってこいフランケン!」


フランケンの叫び声と共に戦闘がスタートした。そしてゆっくり俺に迫る。普通の人間ならば恐怖に足がすくみ動けない。だが俺に恐怖心など皆無。

「あひゅぅぅぅぅぅ!」

拳銃を撃つときの姿勢。確か両脚は肩幅ぐらいに開き、両膝を軽く曲げて少し前傾姿勢を取る。両腕は真っ直ぐ押し出すように……

トリガーを引くと鋭い銃声と共に反動と振動。そして見えるは悲鳴を上げ数歩後退したフランケン。防弾チョッキに穴が開いてるが赤くなってない。

(やはり耐貫通弾型のチョッキか)

俺はすぐによろけるフランケンの横を駆け抜ける。そしてすぐに脚を止め、振り向き敵の背後に発砲。

 しかし弾丸は敵を外れ壁に当たる音が響く。やはり映画のようにはいかないか。

「びゃぁぁぁぁぁ!」

フランケンがこちらを振り向きこちらに向かって跳躍する。巨体に似合わぬ高い跳躍。そして振りかざされるは棍棒。俺がサイドに避けると同時に振り下ろされた棍棒が屋上の床にめり込む。

激しい衝撃音。俺でなければ即死の攻撃。

「チャンス!」

その隙を見たのかノーマークだった魔女が俺の上空から発砲する。次の瞬間、南瓜の正面がへこんだ。フランケンが奇声を上げ再び後ずさる。

「なんなのよ!頭まで防御力高いなんて卑怯よ!」

防弾使用の南瓜。いや防弾ヘルメットと言うべきだろうか。しかし魔女の命中率は驚いた。脚が地に着いていない状態でこの命中率。こいつにはもしかしたら射撃の才能があるかもしれない。


「がぁぁぁぁぁ!」

フランケンが棍棒を振り回しながら接近してくる。狙いは勿論地にいる俺。しかし大振りなため大きく横に避ければ問題ない。

「魔女!棍棒を持ってる手か腕を狙え!武装解除するんだ!」

フランケンは再び棍棒を振り回しながら俺に向かってくる。

「ええっ!動いてる的に当てた経験なんてないわよ!」

「じゃあ俺が隙を作ってやる!だからその時に撃て!」

洗脳の能力にはそれほど詳しくないが、このフランケンの行動からするに柄架弖が機械のようにプログラムを仕組んだ可能性がある。

確信はもてないが俺が戦闘開始を宣言するまで動きを止めたり、行動が徐々に変わったりとパターンが出来ている。ならば俺が攻撃を受ければ動きを止め喜ぶ行動が生まれる可能性がある。

「賭けてみる価値はあるな!」

このまま走り続けてもスタミナが切れるだけだ。俺は身体的ダメージは受けないが、持久力や筋力は一般人と変わらない。

俺は脚を一瞬止め、フランケンと向き合う。そして突進。フランケンが棍棒を振り回す手が止まる。そして棍棒をテークバックし前進する俺にスイング。

全身を嫌なくらいの痛みが駆け巡る。一瞬呼吸が出来なくなり、視界は真っ白。骨がきしむ音がする。そして地に叩きつけられる感触。それと同時に視界が戻る。

フランケンが両手を挙げ笑い声のような奇声を発していた。

余裕のポーズ。そう取れた。

絶好のチャンス。

「撃てぇぇぇぇぇぇぇ!」

俺は力の限り叫び魔女に合図を送る。

そして次の瞬間、鋭い銃声が何度も鳴り響く。そして見えるは腕から血を流しうずくまるフランケン。棍棒は落ちた。

いくら筋肉を鍛えようが鋼にはならない。どんな格闘家も刃物や銃器には適わない。

そして痛覚。これは簡単には消せない。生物なら、脳がある奴なら絶対だ。

ベストの内側からナイフを取り出す。


それは輝く赤の色。新鮮な血の色。驚く程軽量。刀身は氷の様に冷たい。

ハンドルも赤。握ると吸い付く感触。

気分が高揚する。

駆ける。

人間の切断し易い部位など知らない。

ナイフ術の心得などない。

しかし心配する事はない。

このナイフに切れない物なんてないのだから。


「ごぅぅ!」

ナイフを患部目掛けて振り下ろすと同時にフランケンの驚きのような悲鳴。そして、彼の腕は消えていた。

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぉぉぉぉぉ!」

変わりに腕から生えたのは赤い滝。それをバックステップで避ける。

ものすごい血の量だ。

「うごぉぉぉぉぉぉ!」

映画であればここで相手は動かなくなり、戦闘が終わる。

だが、現実はそう甘くなかった。

「なっ!」

フランケンが物凄い勢いで駆け出す。そして縦横無尽に走り回る。

あり得ない行動。ターゲットなどない。ただフランケンは走り回る。

「魔女!こいつを止めろ!」

「む、無理よ!的は動かないから当てれるけど、こいつ動いてるのよ!しかも弾切れ!」

「無駄に撃ちすぎだ!」

ただ走り回るだけならいい。しかしこの狭い屋上でこいつと接触する可能性はゼロではない。

おまけに殴られた衝撃で拳銃を落としてしまったみたいだ。これは走り回るフランケンを俺がナイフですれ違い様に斬りつけるしかない。

「やるしかないな」

俺はナイフを構える。狙いは脚。相手が真っ直ぐこちらに突っ込んできた時がチャンスだ。

その時、屋上の扉が勢いよく開いた。


「よく耐えたな鋼鉄人間、魔嬢」

現れたのは上半身裸の武藤。筋骨隆々な身体が月明かりに照らされていた。

「な、なんなのよその身体は!」

魔女が驚きの声を上げる。筋骨隆々な身体にではない。

武藤の上半身全体が紫色に変色していたからだ。

「謎の解明は実技を持って証明してやるよ」

そして駆け出す。目指すは走り回るフランケン。一瞬で間合いを詰め奴と対向する。武藤は笑っていた。迫り来るフランケンを左に避け、腰を落とし切断された傷口に拳をめり込ませた。

「傷口を抉られる感触はどうだい?」

フランケンの動きが止まる。そして……

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぉぉぉぉぉ!」

先程とは比べ物にならない断末魔。武藤が拳を引き抜くとフランケンが四つんばいになり、震えている。

「ごぉぉぉぉぉ!お!おお!」

えずくような声と身体の異常なまでの痙攣。フランケンの身に異常が起こった事がはっきりと見て取れる。

「お!お!おげ!ごぽっ!」

次に見えたのは被っている南瓜の隙間、穴から漏れる大量の黄と赤の吐瀉物。南瓜を取ろうとしてるのか懸命に頭を振り、その反動で吐瀉物が飛び散る。

「う……」

いつの間にか魔女が俺の横に立っており口を押さえている。確かに嫌過ぎる光景だ。

「俺の能力は体内に溜めた毒を放出させる能力だ。さっきこいつに与えた毒はアセトアルデヒト。つまりは酔っ払ってしまう毒だ。こいつの体内は今この毒でいっぱいいっつぱい」

酔っ払う?まさかあのウィスキーの事なのか。

「先程しこたま飲んだウィスキー。そして体内で分解されたアセトアルデヒト。こいつを全部奴に流し込んだ結果だ。さて、実技もこの辺で終わりだ」

そう言うと同時に武藤の上半身が今度は赤黒くなる。

「さて、次の毒をぶち込んでやる」

再び傷口に拳をめり込ませる。

すると、先程まで嘔吐していたフランケンの動きが止まり、その場にうつ伏せで倒れたのであった。小刻みに身体は痙攣を続けているが激しい動作が見られない。

「な、なんの毒を入れたの?」

魔女がおそるそる武藤に聞く。

「ああ、ニコチンだ。煙草に含まれる毒だよ。こいつを血管に大量にぶち込んだのさ。もうすぐ呼吸困難で死ぬだろ」

武藤はフランケンの背中に腰掛け、携帯を取り出す。

「作戦は失敗だ。至急清掃人を集めてくれ。ああ、こいつは厄介な任務になりそうだ」

武藤は笑いながら通話している。失敗なのに何故だ。

「……じゃあ後は頼んだぞ」

武藤が携帯をしまい、俺たちを見る。

「さて、部屋に戻って反省会といこうか」

いつの間にか屋上の周りを囲んでいたカラスは姿を消していたのであった。

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