第11話:真紅の魔女


午後七時五十分。稀火兎市の住民が出歩く四十メートル上は風が吹いており、辺りは四方の床に埋め込まれた明りが弱く屋上を照らしていた。

「涼しいわね」

魔女が目を閉じながら話しかける。格好は事件の日と同じフード付きの黒のナイトローブ姿。竹箒に跨り、宙に浮いている。

「ああ、蒸し暑さから開放された気分だ」

俺はワイシャツの上に薄手の黒のベストを身に着けている。ベストの内側にナイフを隠すためだ。

屋上の扉を背に俺達は真紅の魔女を待っていた。目の前に見えるは格子のフェンス。

「ねえ、涼介は何でこんな仕事をしてるの?怖くないの?」

「どうした突然?……これから大人になろうとしているお前に言っておく。人間には適材適所ってのがあるんだ。自分の出来ることを職にすれば安泰と思っていい。おれの場合は防御と囮に優れているからこの職を選んだ。下手したくなきゃ高望みをするな。高望みする人間はリスクを考えずに、自分の身の丈を計らずに自滅する」

「……肝に銘じておくわ」

魔女は何か言いたそうに俺を見たが目を伏せ言った。

ひねくれた言葉だったからだろうか。だがこれは真実だ。出来ない奴が運よく一流の企業に入って活躍できるはずがない。自分の無力さに気付き、後悔する可能性が高い。

「ね、ねえ涼介。あれ!」

魔女が上空を指差す。

そこには暗闇の中、さらに濃い黒色の塊が浮いていた。微かに聞こえるは羽音。

「な、なんだあれは?」

得たいの知れない物体に俺は思わず片足を後退する。

「……カラス。カラスよ涼介!何十匹ものカラスが重なってる!」

一瞬、魔女が戯言を叫んだかと思った。しかしその塊が屋上に近づくにつれ、魔女の言葉が戯言ではないことが分かった。

「まじかよ……」

塊は俺たちの目の前まで移動する。塊の正体はカラスの群れ。しかも只のカラスではない。一言で言えば大型のカラス。そのカラス達が何かを包むかのように球型を作っている。

そして球体が屋上に地を着いた瞬間、カラスの群れが四散し、中から一人の女性が姿を現した。


「時間ぴったりですわね」

紅のブロケードローブに身を包んだその女性はこちらを見て微笑む。

歳は二十代前半ぐらいだろうか。背は高く、鼻も高い。そして右の頬に深い傷がある。手には短い紅の杖を持っている。

「あんたが深紅の魔女だな?」

「その通りですわ。私が今回の事件の黒幕、柄架弖・莉那えかて・りなでございます」

真紅の魔女、黒幕が両手を広げ答える。

「約束通り二人で来ていただき感謝していますわ。あいにく多人数の前で会話するのはだるいので」

黒幕が軽く杖を振ると無数のカラスが集まり、フェンスの外側を取り囲むかのように飛び回り、残ったカラスが魔女の背後の四方を器用に飛び回る。先ほど四散したカラスよりも多い群れ。絶えず動き回るその姿に気分が悪くなる。

「ちっ!」

気分が悪くなるよりも最悪な事、それはトモエさんの狙撃が完全に無効化された事だ。この分厚い鳥の壁を貫通させ真紅の魔女に当てるのは不可能だ。

「おやおや、苦虫を噛み潰したような顔をしてますがどうしたのでしょうか?」

「何でもない。それよりも何のようだ?まさかここでマジックショーでもやるつもりなのか?」

「まさか。そこにいる私の可愛い弟子の様子が気になって会いに来たんですの」

「いつからあなたの弟子になったのよ!」

それまで黙っていた魔女が声を荒げ抗議する。

「あら?一人前の魔法使いになるって私に宣言したでしょ?だから先輩である私が師匠になって特訓をしてあげてたじゃない。この街に存在する大型の野良犬を倒してみないさいと」

柄架弖はそう言って高らかに笑う。

「ただの特訓ではつまらないと思ってゲーム感覚でやらせてあげましたのに。今日は3匹、武器はナイフのみ。その次の日は2匹、武器は短い木刀のみと。随分頑張りましたね」

「ふざけないで!私を脅したくせに!私の好きな街に大量の獣を放つて言ったくせに!おかげで私はすんごく痛い目と怖い目にあったんだからね!」

「あらあら、それ残念でしたね。そうそう今日は昨日さぼった分上乗せしてキツイ訓練を用意しましたの」


そう言うとどこから来たのか一羽のカラスが俺たちの目の前を横切り何かを落とす。

よく見るとそれは2丁の拳銃。それが一丁ずつ俺と魔女の足元に落とされている。

「トカレフですわ。さすがに名前は知ってるでしょう?今回は協力プレイかつこの拳銃のみで特訓ですわ。弾は八発しかないので考えて使いましょう」

魔女は箒から降り、拳銃を拾う。

「いつでも撃てる状態なの?」

「ふふ、トカレフは安全装置などないのでいつでも撃てますわ」

「ふうん、いつでもね」

次の瞬間、鋭い銃声が響いた。間違いない、横にいる魔女が発砲したのだ。何の躊躇いもなく弾丸を発射した。

「なっ!」

しかし、弾丸は黒幕に届くことはなかった。黒幕の足元に大量の血を流して横たわるカラス。それが失敗を語っている。

「あなたの考えてる事ぐらい分かりますよ。銃を持った瞬間微かに笑いましたね。ダメですよ。魔法使いは常にクールでなくては。さてさて、今回のお相手はこちらです。上をごらんなさい!」

黒幕の言葉に上空を見上げるとそこにはまた濃い黒色の塊。しかし先程の塊よりもでかい。それは俺達と柄架弖の間まで高度を下げ浮く。

「さあ、パーティーの始まりです!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る