第9話:武装許可
稀火兎グランドホテル。
稀火兎駅の近くに位置する高級ホテルである。
その最上階にあるスイートルームに俺達はいた。
俺が旅行で利用したホテルとは月とすっぽん。広すぎて落ち着かない。
「今が休暇中ならどんなに快適だろうか。仕事で泊まっても嬉しくないな」
武藤はソファに座り、ウィスキーを飲んでいた。
「仕事中に飲酒してる奴が何言ってるんだ?」
「安心しろ。俺はいくら飲んでも酔わない。いや、酔えないんだ」
俺は呆れつつ、武藤の対面にあるソファに座る。
「南瓜男が持っていたショットガンだが、あれは何の銃だ?」
「ああ、あのショットガンはMP133。正式名称バイカル・モデルMP133ロシア製だ。もちろん日本人で持ってる奴なんてほとんどいない」
「いつからここは外国になったんだ?」
「深紅の魔女が渡したんだろ。この国に武器商人が存在しない可能性はゼロと言い切れんからな」
武藤は再びウィスキーに口を付ける。
「お前も組織に所属してるならわかるだろ?お前が退治してきた犯罪者の中に日本では手に入らない武器を持った連中がいた事に」
確かに俺が退治してきた奴の中には外国の拳銃を持っていた記憶がある。しかし今回のようにショットガンで対抗してきた奴は初めてだ。
「さっきも言ったが俺が殺した指名手配犯は元過激派組織の残党だ。過去に猟銃で3人の警官を殺し逃走。銃の経験者だからこそあいつを洗脳し、ショツトガンを持たせた可能性は充分にある」
「なるほど......」
喫茶店を後にした俺達は武藤の案内でここに来ていた。勿論、血で汚れた服は着替えてだ。そしてこのホテルの最上階とその周辺を組織の人間で埋めている。
「ホテルに来たのはいいんだがなぜここなんだ?最上階なんてこの建物が燃やされたら逃げ場ないぞ」
「安心しろ鋼鉄人間。奴の行動からして人が集中する場所での攻撃はない。早朝や町外れであいつは洗脳者を送りつけている。しかし、問題はなぜ俺達の居場所がピンポイントで分かったかだ」
「知り合いに町中に監視カメラを仕掛けてる奴なら知ってるが、残念ながら市長の仲間だ。さらに裏切ると側近に消される」
「グレンウォードだろ?あいつは裏切れない。市長に弱味を握られているからな」
その時、トイレのドアが開き、魔女とトモエさんが出てきた。魔女の顔はやつれている。
「全部出すもん出したみたいだな」
「もう胃液しか出ないわよ。あんた達、何で脳ミソみても吐かないのよ!」
魔女は俺と武藤を睨み付ける。
「刑事は死体とふれ合う仕事だからな」
「おいおい、犬を殺して耐性ついたんじゃないのか?」
「動物の死体と人間の死体は別よ!しかもその死体の1人と目が合っちゃったし!怨まれるような目だったわよ!」
死体を見慣れてない魔女は混乱している。無理もないがこいつは俺に銃を向け、発砲した事を忘れてるのだろうか。
「落ち着け都。ほら、これを飲むんだ」
トモエさんが2つの錠剤と水を魔女に渡す。
「吐いた後に飲めと?」
「よく効く吐き気止めとよく効く胃薬だ。安心しろ。こいつは飲んでも吐かない」
魔女は疑いの目でトモエさんを見るが、やがて錠剤に手を伸ばし飲んだ。
「……ほんとだ」
「組織の製薬開発団は人間を止めた者に優しい薬を作ってくれるありがたい存在だよ」
「ましになったようだな」
その時、ノックの音がした。モールス信号みたいな特徴のあるノック。
「おっ、来たか」
武藤はそう呟くとグラスを置き、ドアに向かって歩く。そしてモールス信号みたいな特徴的なノックを返す。さらに外から再び特徴的なノック。
「よしよし」
ドアが開かれる。
入ってきたのは黒服にサングラスを掛けた男であった。手にはジェラルミンケース。胸にはクマバチのシルエットのバッジを付けている。
「隊長。例の物をお持ちしました」
抑揚のない機械のような声が響き渡る。
「ご苦労。鋼鉄人間、届け物だ」
男は静かにジェラルミンケースを開ける。そこには一本の大型のボウイナイフが鞘付きで納められていた。
「これは!」
慌てて俺は駆け寄る。
「保護協会外部部隊所属、戸塚・涼介。会長より殺人許可が降りました。武器をお取りください」
組織に所属している俺だが、基本的に人を無許可で殺すことはできない。正当防衛でない限り攻撃行為も禁止されている。あくまで俺は囮役。 殺人許可が常に降りてるのはトモエさんだけだ。そんな俺にも殺人許可が降りる時がある。
超能力者による重大な事件が起こった時だ。
「外部部隊所属、戸塚・良介。会長の任務に従い、武器を受けとります」
敬礼し、ケースからサバイバルナイフを取り出す。久しぶりに握るナイフの冷たい感触が手全体に広がる。
「市長からついに保護協会の任務となったな。かなり大事になって協会上層部が直に介入せざるおえなくなったのか?」
トモエさんがいつの間にか俺の横に移動していた。
「はい。ご存じの通り、洗脳による犯罪行為は重罪です。主犯は既に一般市民複数人を巻き込んでおり、非常事態と判断いたしました」
「了解した。じゃあ私と涼介は武藤の指示に従えばいいんだな?」
「ああ、鋼鉄人間とトモエは俺に協力してくれ」
「わ、私はどうなるのよ?」
それまで沈黙を保っていた魔女が俺達の所に駆け寄る。
「唯一深紅の魔女と接点があるのはお前だけのようだからな。もちろん協力、いや利用させてもらう」
その時、携帯の着信音が鳴り響いた。
『涼介、編集が終わったよ』
「サンキューだ。それで、どうだった?」
『その前に凄く気になる映像が映ったんだ。その事から話してもいいかい?』
「ああ」
『凄い数のカラスが飛び交っているんだよ。まるで何かを探してるみたいに』
「なんだって?」
『つい一時間前かな。編集中に隠しカメラ用のモニターを何気なく見ていたら、モニターに沢山のカラスが映ってたんだよ。今はカラスなんてほとんどいないのに』
「それはおかしな話だな。」
昔は人間の住む所にカラスありと言われていたが、徹底的な駆除と衛生管理対策により街から姿を消した。
『取り敢えず気になったから報告したよ。次に本題だけど、結論から言うと深紅の魔女らしき人物は見つかってなかったよ』
「……そうか」
『魔女が映っている映像だけに集中して見たんだけど、それらしい人物はいなかったよ』
「魔女だから空の上で会話していたかもしれんな」
『可能性としては高いよ。それじゃあ次は事件発生から今日までのデータを見直すよ』
「すまんな」
『かまわないよ。報酬が待っているからね』
グレンとの会話を終えると、俺は武藤達にグレンの報告を話す。
「そういえばあいつに会ったのって空の上だったわね」
「なるほど。そいつが用心深い人物だってことはわかったな。そういや都、深紅の魔女との接触は一度だけだったのか?」
トモエさんが魔女に問いかける。
「ええ、私がいつものように夜間飛行してたら偶然声を掛けられたのよ。野良犬殺しをけしかけてきたのもその時よ。それ以降は伝書鳩ならぬ伝書烏が手紙を届けて来たのよ」
「烏だって!?おいおい、そんな大事なことなんで早く言わないんだ?」
「言わないんだって言われても、言う暇なかったんだから仕方ないでしょう!」
魔女が俺を見上げ睨む。
「伝書烏ってことは手紙を届けたってことだよな?その手紙持ってるのか?」
武藤が魔女に問う。
「それが……読み終えたら返せって言わんばかりに烏に手紙をぶんどられてないのよ。手紙の内容は夜の何時に何匹の野良犬を、どの場所に放つかってのよ。文はパソコンで打ったような文字だったわ」
武藤が一瞬だが難しい表情を作る。
手紙から指紋や筆跡などが見つかると思いきや、空振りになったからな。
「そうか。さて、これからどうするかだな」
「深紅の魔女からの連絡を待つか?意外とこういう奴はなんらかの手段で私達に連絡をしてくるんだが」
「まさか。トモエさん刑事ドラマの見すぎで………」
その時、携帯の着信音が鳴り響いた。
「嘘だろ?」
ディスプレイには公衆電話の文字。怪しすぎる。
「取り敢えず出てみたらどうだ?」
トモエさんの意見に従い、俺はボタンを押し、耳に当てたのであった。
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