―欲望―
山の一部を切り抜いた様に広がる荒野。
崖に囲まれた〈神護の園〉と〈神邸〉を結ぶ唯一の道。
それを見渡せる崖とまではいかないが急傾斜な丘の上。
馬に跨った数十人の
歪な髑髏の仮面を付けた男が率いる盗賊集団。
その中に一人、おどおどとした華奢な青年がいた。
「あのぉ……スピガンさん? ホントにやるんですか?」
馬を傍らに仁王立ちで荒野を見下ろす歪な髑髏の仮面を付けた男。
その男に、華奢な青年はおずおずと近寄り、その見た目から来る気味の悪い雰囲気に憚られながらも問い掛けた。
「へっ! 当たり前だろ? 聞いた話だと、北の宮殿に運ばれるブツのようじゃねぇか。そりゃぁ、大層なお宝だろうなぁ、へっへっへっ」
スピガンと呼ばれた歪な髑髏の仮面を付けた男は、表情が見えないながらも機嫌良さそうにヘラヘラと笑い出す。
「でも、〈神護の園〉から運ばれるブツですよ? あいつらを敵に回すのはマズいんじゃないですか?」
華奢な青年は躊躇っていた。
いや、後悔していると言っていい。
とある町で割の良い仕事を探している最中、手っ取り早く大金を稼げるという話を聞きつけて、今の状況に至っているのだが……。
「そんなの知ったことかよ。俺は自分が欲しいと思うものを手に入れたいだけだ。あの宮殿に運ばれるような代物がな」
スピガンは荒野の北、断崖絶壁に囲まれて聳え立つ宮殿を指差した。
「だけどもぉ」
不安の欠片も見せずに自己中心的な言葉を発するスピガンとは裏腹に、華奢な青年は曇った表情で視線を落とす。
「おいおい、お前は欲しいと思わねーのかよ? 山を越えて、ここまで苦労して来たんじゃねーかよ? それによぉ、あの滅多に開かれる事のない宮殿。〈神護の園〉の連中が大事に守っている宮殿。この国の象徴、神と崇められる一族が住む宮殿。その〈
〈神護の園〉と〈神邸〉の間にある切り立つ山々に囲まれた荒野。
スピガンが率いる盗賊団は、この荒野に辿り着くまでに三日を費やしていた。
険しい山の中、道なき道を進み、数人の死者が出るほどの道程だった。
それは、華奢な青年が生き残っているのも奇跡と言えるほどの険しさだった。
「いやぁ、まぁ……見てはみたいです、ねぇ……けど――」
華奢な青年がそう言って、不安げな顔を上げた時、荒野を見下ろしていた集団がざわめきだった。
「――おっ! 来たぞぉ。おぉ? 荷馬車がぁ、ひぃ、ふぅ、みぃ……おいおい、結構な数あるんじゃねぇかぁ? へっへっへっ! どんなモノが運ばれてんのかなぁ?」
「あぁ、護衛があんなに……」
北の〈神邸〉へと向かう幾つもの荷馬車とそれらを護衛する〈聖輝統団〉の部隊が列を成していた。
その荒野を横断する行列をスピガンは嬉しそうに眺めるが、華奢な青年は不安げな顔から血の気をどんどん引かせていき、戦慄していた。
「へっへっへっ! まさかお宝が襲われるなんて、〈神護の園〉のヤツらも考えてなかったのかなぁ~? 俺たちに気付いてないみたいだぞぉ~? へっへっへ! 過信は罪だよなぁ~」
歪な髑髏の眼窩から覗かせる眼差しに、蔑んだ色を宿らせて、行列を見下ろすスピガン。
「わ、罠かも?」
「ん? どうしたよ? 〈神護の園〉のヤツらが怖いか?」
スピガンは先程から消極的な言葉ばかりを発する華奢な青年を、首を傾げて見据えると。
「まぁ~、怖気づくのも無理はねぇよなぁ~。あの数だしなぁ~。まっ! 大丈夫だって! 罠だろうが何だろうが、俺が生きてる限り問題ないって! 〈神護の園〉のヤツらは俺が蹴散らす! それに、この髑髏の仮面を付けた俺は無敵だからな。だから、しっかり付いて来ればいいんだよ!」
自らが付けている歪な髑髏の仮面を撫でつけながら、溢れる自信と誇大な言葉を垂れ流し、軽快な身のこなしで馬に飛び乗った。
「――お、おぉ! スピガンさん! わかりましたっ! スピガンさんにぴったり付いて行きますよっ!」
スピガンの言葉と恐れのない態度に感化されたのか、華奢な青年は先程までとは打って変わった表情と羨望とも取れる視線をスピガンに向け、意気込んで馬に跨った。
「よぉ~しっ! 準備はいいかぁ~?」
スピガンは自分の言葉に破落戸どもが各々に拳を突き上げ、盛大に吠えて応じるのを一瞥すると。
「さぁ~! お前らっ!! 楽しもうぜぇぇぇっ!!」
勢いよく馬を駆って、傾斜の高い丘を下り始めた。
「うおおぉぉぉぉぉおぉぉぉっ!!」
「行くぞぉぉぉぉぉっ!! ウヒャハハハハハハっ!」
スピガンと数十人からなる盗賊の群れが、剣を抜き、鯨波を上げて、一斉に荒野を通る行列へと迫って行った。
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