―解除―
「占拠が目的だ! 以降の破壊行為は最小限に留め、捕虜の確保を急ぐんだ!」
正午を刻む町の中、いくつかの建物に火が放たれたのを見届けると、隊長である小太りの男が声を張り上げ指示を出す。
「助けてぇぇぇぇ!」
「早く建物の中にっ!」
散開した兵士たちは叫び逃げ惑う人々を追い立て、捕縛を始めた。
〈
「自警団っ! 自警団は何をしてるんだっ?!」
この町にも自警団という組織は存在していたのだが……。
「隊長っ! 抵抗する者がいますっ!」
「おそらく自警団だろうっ! 構わんっ! 刃向うヤツは斬り捨てろっ!」
数十人からなる小隊といえど、戦闘のプロである軍人たち。
「そんな人数で何が出来るっ!」
「少数精鋭を気取ったつもりかっ ?!」
町の中心にある広場で、武装した若者たちが徐々に集まり出す兵士たちと対峙していた。
この町の自警団員は十数人であり、その団員すべてが、せいぜい町に入り込んだ害獣を追い払う程度の実力しか持ち合わせていなかった。
この数年、自由領土の各地で小規模ではあるが戦がいくつも起きていた。
それでも、この町は平穏を保つことができていた。
〈神護の園〉から最も近い……それ故に。
「街をっ! 街を守るんだぁぁっ!」
「死ぬ覚悟は出来ているっ!」
自警団員の若者たちは震える手を握りしめて自らを奮い立たせると、侵略者たち目掛けて剣を振りかぶった。
「見せしめだっ! 殲滅しろっ!」
「〈神護の園〉の連中が来る前に、この街を占拠するぞ!」
〈神護の園〉の軍隊である〈
この侵略者たちの第一の目的はそれだった。
〈聖輝統団〉は精鋭からなる軍隊。
それを相手にするのは分が悪過ぎる上に、小隊で挑むことなど無謀の極み。
だからこそ、町の占拠を急いでいた。そして、捕虜を盾にすることを狙いにしていた。
「軍人をなめやがってっ!」
「うおおおぉぉっ!」
荒ぶる侵略者と衝突する自警団。
「街のみんなを守るんだぁぁっ!」
勢い込み守護の刃を振るう自警団員たちだったが……その刃が交錯する度に、倒れていくのは自分たちだった。
「……くそ……多勢に、無勢、か……」
最後に倒れた者が、そう遺した時――。
「――くっ……」
入り乱れる人の波間に、一人の男が突如として舞い降りた。
「うわぁっ?! 何だっ?!」
「いきなりっ?!」
「どこからっ?!」
突如として現れた男に、兵士たちは動揺を隠せずに顔を見合わせる。
そして、その男の出で立ちに不信感と不安を募らせた。
「何だ……コイツ……」
「……黒い、鎧に……マント……」
一人の兵士が呟いた言葉の通り、その男は黒い鎧に長身を包み、加えて黒いマント。更には、腰まで届くほどの黒い長髪。
それでいて、肌は白く、整った綺麗な顔立ちをしていた。
「っぅ…………ちっ!」
男――今は〈黒ずくめの男〉と呼ぶことにする――は、陽光に焼かれた目を咄嗟に閉じて舌打ちをすると、ゆっくりと立ち上がりながら再び目を開けた。
その瞳の色も黒く――厳密に言えばダークブラウンだが――眼差しはどこか冷たさを感じさせた。
「ここは……そう、か。そうだった……」
黒ずくめの男は辺りを見回しながら、一人納得したように呟いた。
「ふん……戦争か? 相変わらず、変わらない……ちっ」
自分が戦禍の中にいることを認識すると、嫌悪感をあからさまに顔に出し、舌打ちをしながら一歩踏み出した。
「まてっ! 」
「動くなっ! 何者だっ! 何処から現れたっ?!」
行く手を阻むように兵士たちが黒ずくめの男を取り囲んで刃を向ける。
「黒髪の上、全身を黒で包む。何とも禍々しい姿……ふむ。〈神護の園〉の者ではなさそうだな……街の者か?」
小太りの隊長が囲いの外から蔑んだ口調で尋ねると。
「答えろっ! 抵抗したら、容赦はしないぞっ!」
取り巻きの兵士が間髪容れずに威勢よく急かす。
その言葉に黒ずくめの男は足を止めると、自分に刃を向ける十数人の兵士達をその冷たい眼差しで見廻した。
「……ふん……一応、丸腰なんだが、な。物騒な奴等だ」
吐き捨てるようにそう言うと、黒ずくめの男は再び歩き始めた。
「おいっ! 止まれっ! 聞こえないのかっ?!」
「死にたいのかっ!」
「捕らえろっ!」
予想だにしなかった黒ずくめの男の行動に兵士達が慌てて詰め寄る。
「……ちっ……面倒だ……」
兵士たちが囲いを狭くしていく中、黒ずくめの男は空を見上げながら立ち止まると、投げやりな素振りで一人の兵士に視線を移した。
「な、なんだっ?! 観念したのかっ?!」
黒ずくめの男と目が合うと、その兵士は動揺しながらも剣を構え直して対峙する。
「どうした? 捕らえるんじゃなかったのか?」
そう言いながら両手を胸の前に掲げ、兵士を見据える黒ずくめの男。
「お、おとなしくしろよっ! 抵抗するなよっ!」
声を張り上げ、じりじりと間合いを詰める兵士とそれを見守る同僚たち。
「……ふん。おとなしくするわけないだろ?」
黒ずくめの男は嘲るような口ぶりで目の前の兵士にそう答えた。
「な、なにっ?! こいつっ! なめやがってぇぇぇっ!」
兵士は黒ずくめの男の言葉に一瞬の動揺を見せたが、すぐに怒声と共に剣を振り上げ斬りかかった。
「ちっ! やはり、愚か」
黒ずくめの男はそう吐き捨てると、一歩踏み出し、振り下ろされる刃に手を伸ばした。
「ぐっ?! な、何だと?」
兵士が驚愕するのは無理もなかった。
渾身の力を籠めた斬撃が、片手で掴み受け止められたのだから。
「こんなものか……滅べっ!」
そう発すると同時に、黒ずくめの男が刀身を掴んだまま強く踏み出した。
次の瞬間。
「が?! ぐが、ぐぁ……ぁ」
突風が吹き抜けると同時に、兵士が呻きながら倒れ伏した。
「ちっ……なまくらだな」
黒ずくめの男は先程より二歩ほど進んだ位置に立ち、手にした剣と後ろで血溜まりを作る兵士をそれぞれ一瞥すると、舌打ちをしながら刀身に付着した血糊を振り払った。
「……お、おい……何が起きた?」
「な、何だ?」
「殺られ、たのか?」
「う、嘘だろ?」
「……迅い……」
当然と言うべきか周囲にどよめきが起こった。
仲間が切り捨てられたのだ、それも瞬きの内に……。
踏み込むと同時に剣を奪い、すれ違いざまに斬りつける。
そんな黒ずくめの男の動きを捉えることが出来た者は皆無だった。
兵士たちに見えていたのは、黒ずくめの男が振り下ろされた刀身を掴み受けていた所と、彼に挑んだ一人の仲間が倒れていく所だけだった。
「……そ、そうだ……油断、してたからだ……」
「そうだっ! そ、そうに決まってるっ!」
兵士たちは顔を見合わせ、都合の良い解釈を吐露しあうことで、擡げる不安を抑えこんでいた。
そんな中、黒ずくめの男は剣を地に突き刺し、その柄に手を置くと。
「次は? ……誰だ?」
そう言って、その冷たい眼差しに挑発的な色を宿らせて兵士たちに投げかけた。
「隊長っ! 指示を!」
「い、一斉にっ! 一斉に掛かれぇぇっ!」
傍らにいた副官の男に促され、小太りの隊長が大きな手ぶりを交えて声を張り上げる。
「お、おおおぉぉぉぉぉ!」
一瞬の躊躇いを残し、兵士たちが黒ずくめの男に襲いかかった。
「ふん。正しい選択、とは言わない、が……」
黒ずくめの男は剣の柄を握り、四方八方から迫り来る十数人の兵士たちをざっと見廻した。
「マシ、だなっ!」
そう言い放ちながら剣を引き抜くと、大振りに横薙いだ。
「ぎゃあぁっー!」
「がぁぁっ?!」
断末魔と共に数人の兵士の肢体が上下に斬り裂かれ、血飛沫を飛び散らせる。
「ちっ。なまくら剣が……」
黒ずくめの男はイラついた口調で呟きながら身体を反転させ、その勢いで剣を振り抜いた。
「がっ!」
「ぎゃぁっ!」
後方から迫っていた数人の兵士の体が分断され、宙を舞う上半身から朱い臓腑が地面にばら撒かれる。
「切れ味……」
地面を削るように下方から数人の兵士を斜めに切り上げると、黒ずくめの男はその勢いで跳び上がり、そう呟く。
「悪過ぎだっ !」
黒ずくめの男は空中で身体を反転させ、降下しながら剣を叩きつけるように振り下ろした。
「うぁっ!」
「ぐぇ!」
轟音を上げて黒ずくめの男が着地すると同時に、複数の兵士の砕けた死体が地面に転がった。
「ちっ!」
舌打ちすると、黒ずくめの男は手にした剣を放り投げ、小さく息を吐きながら空を仰いだ。
「なっ?! ぜ、全滅だと? なんなんだ、こいつは……ぐっ!」
あっという間に自分の部下たちを一掃された小太りの隊長は、唇を強く噛んで黒ずくめの男を睨み付けると、傍らの副官に振り向いた。
「お、おい! 兵を集めろっ! 残りの兵すべてだっ! さっさとしろ!」
「は、はっ! 直ちにっ!」
副官は上司の急き立てと、特に黒ずくめの男の異様さに竦みながらも、縺れる足で駆け出した。
副官がそんな情けない足取りで走っていくのも無理はない。なにせ、黒ずくめの男に斬られた兵士たちは全員が防具を装着していたのだ。革の鎧に鎖帷子、中には金属製の鎧を身に着けている者もいた。それなのに、黒ずくめの男はいとも容易く斬り裂いていった。彼らが纏った鎧ごと……。
「くそっ! 化物が……使いたくないが、こ、これに頼るしかないのか……こんな所で使うはめになるとは……」
隊長は副官が駆けていくのを横目に懐から一本のナイフを取り出した。
「……ん? この気配は……」
異様な気配を察知した黒ずくめの男は、ナイフを見つめながら一人呟く小太りの隊長の許へゆっくりと歩き始める。
「お、おい! な、なんだ?! よ、寄るな! 寄るな! くそ! お、おいっ! 死にたいのかっ! 寄るな!」
小太りの隊長は喚き散らしながら、手にしたナイフを向けるが、黒ずくめの男は気にも留めずに歩みを進める。
「こ、この! 寄るなっ! くそ! くそ! 寄るなっ!」
すぐ目の前まで来た黒ずくめの男に向かって、小太りの隊長はナイフを振り回すが距離が足らずにひたすら空を切った。
「そのナイフ……この感じ……魔剣、か?」
黒ずくめの男は足を止めると振り回されるナイフを見据え、一人相撲をしている小太りの隊長にそう問いかけた。
「ふ、ふん! だからなんだというのだ。ふ、封を解いてもいいのか? どうなっても知らんぞ……し、死ぬぞ?」
息を切らせながら小太りの隊長はナイフを目の前に掲げて、脅迫めいた物言いをするが。
「ふっ。面白い……やってみろ」
口の端を微かに上げて、黒ずくめの男は冷たい眼差しを小太りの隊長に向けた。
「貴様……この魔剣がどんなに恐ろしいものなのか。し、知らんぞ、どうなっても知らんぞ! 死ぬんだぞ! 間違いなく死ぬぞ! 貴様だけじゃない。この街の人間、全てだっ! 街がなくなるぞ! いいのかっ?!」
余裕な佇まいでいる黒ずくめの男の言葉に、小太りの隊長はナイフを握った手を震わせながら喚く。
「それがどうかしたのか? ……ちっ! いいからやってみろ。それとも、お前が滅ぶか?」
黒ずくめの男は眉を顰めると、近くの死体から剣を取り上げた。
「く、くそ……兵はまだか……くそ……」
「どうやら……その魔剣を解く気はないらしいな」
視線をチラチラと辺りに散らす小太りの隊長を凝視し、黒ずくめの男は剣を構えた。
「ぐ……く、くそぉぉっ! 知らんからなぁぁぁ!」
黒ずくめの男が発する隠すことのない凄まじい殺気を感じた小太りの隊長は、叫びながらナイフを天に翳した。
「
――被高術……硬度や熱耐性など性能を高める
小太りの隊長の言葉に反応し、ナイフが鈍い輝きを放ち、甲高い悲鳴のような音を発し始めた。
「ん? これは、まさか! ちぃっ!」
辺りに響き渡る音の正体に気付いた黒ずくめの男は、舌打ちをしながら地を蹴った。
『ぐわあぁぁぁぁぁ!』
『く、苦しいいぃぃぃぃぃぃ!』
『助けてくれえぇぇぇぇぇ!』
ナイフの悲鳴と共に上がるいくつもの断末魔が、黒ずくめの男には聞き取れた。
「な、なん、う、うわぁぁぁぁぁぁ!」
小太りの隊長はナイフを地に落とし、両手で耳を塞ぎながら蹲る。
「ちっ! 邪魔だっ!」
「ぐぅっ?!」
蹲る小太りの隊長を切り捨てると、黒ずくめの男は悲鳴を上げるナイフを拾い上げた。
「手遅れか。ちっ! 正体も知らずに、身に余る力を行使する……相変わらず、人間とは……愚かだな」
黒ずくめの男は、さらに高まる甲高い悲鳴を気にすることもなく、地に転がる小太りの隊長を一瞥し、ナイフを眺めながらそう呟いた。
「ちっ……
黒ずくめの男は確認するようにそう呟くと、ナイフを空に放り投げた。
「……何が、起きる?」
悲鳴が最高潮まで達した瞬間、ナイフは閃光を放ち、砕け散った。
「ふん。
辺りに煌めいて降り落ちる幾つもの欠片を眺め、黒ずくめの男は首を傾げた。
「……それにしても、忌々しい搾魂を利用するとは……何も変わらない」
黒ずくめの男はその冷たい眼差しを僅かに滾らせ、剣を地に突き刺すと。
「ヤツは……何をやっていたんだ……」
空を見上げながら、そう呟いた。
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