無自覚
「ほら、ちゃんと拭かなきゃダメでしょ!」まるで雪乃様は子供の世話をするように僕に言う。
確かに僕は髪の拭き方などは不充分らしい。
雪乃様は裸の僕を隅々まで拭き上げたのだ。
拒否する理由も方法もない。
女性になって時間が浅い僕は雪乃様の指示に従うのが、メイドとしても従者としても奴隷としても正しいだろう。
それ以上に僕には着る物がないのだ。
僕が着ていたパンツは焼却処分されて、僕の着る下着はメイド長が準備すると先程雪乃様は言っていた。
「雪乃様、お待たせしました。
これが晶の下着です」
・・・何というか勝手な妄想だが、この屋敷で準備される下着といったらゴージャスな物だと思っていた。
これ綿だよなあ?
シルクじゃないよなあ?
「流石光希、わかってるわね。
子供の下着は綿よ。
未成熟な肉体には縞パンこそ至高よ!」
「そう言われると思って二組、ストライプ柄の綿下着を用意しております。
色はエメラルドグリーンと水色の二色でございます。
もう一つバリエーションとしてこちらの下着はバックプリントに『くまちゃん』が施してあります。
流石にこの時代にくまちゃんのバックプリントの綿パンツは作っておりませんでしたが札束をちらつかせて『金はいくらでも出す』と言ったら、下着の製造工場で作らせる事が出来ました・・・そのせいで約束の20分を過ぎてしまいましたが」
「許すわ。
綿パンツは準備出来ても、『くまちゃんパンツ』がないんじゃ画竜点睛を欠くものね」
「この『くまちゃんパンツ』を作らせるのに4000万円ほど経費がかかってしまいましたが・・・」
「必要経費としても安いくらいだわ。
流石は光希ね、期待通りの仕事ぶりだわ」
「お褒め頂き、恐悦至極でございます」
いやいや、色々おかしいだろ!
何でパンツ一枚作るのに平均的サラリーマンの手取り給料の10年分の金使ってるんだよ!
家族のために汗水たらして働いてる親父が聞いたら泣くぞ!
そもそも何で子供なんだよ!
僕は雪乃様より歳上だ!
・・・歳上だよね?
スレイプニールが僕を雪乃様の歳下に変化させた可能性も否定出来ない。
「特に意識してないですねー。
歳下に変化させたのかなー?」
スレイプニールは頭の中で玉虫色の返事をする。
スレイプニールがわからなきゃもう誰も分からないじゃないか!
「まあいいじゃないですか!
歳下だとしても高校では上級生です。
それが現状の全てですよ!」
確かにスレイプニールの言う通りだ。
「現実はどうあれそういう事になっている」という認識で物事は動いている。
だからこそ「雪乃様の中では僕は歳下という事になっている」という認識で物事が進んでいるのだ。
「晶にはシルクの下着はまだ早いわ。
まだ綿の下着で良いと思うの。」雪乃様は僕をたしなめるように言うが、雪乃様の下着はシルクだ。
「もう!拗ねないで!
もう少し大人になったら、シルクの下着を
履きましょうね!
その時は私がまた晶の下着を私が選んであげますからね」雪乃様は僕を抱き締めてフレンチキスをした。
僕は下着が子供っぽいから拗ねていたんだろうか?
僕の心の中を僕以上に理解している雪乃様が『拗ねている』と言うんだから、間違いなく拗ねていたのだろう。
だが、拗ねていたのは『下着が子供っぽいから』ではなく『子供扱いされたから』だと思う。
子供扱いされて拗ねる・・・子供そのものじゃないか。
『見た目は子供だけど案外大人なんだな』と言われるかどうかは僕の今後の行動にかかっている。
(気付いていないんですか?
晶さんは裸の雪乃様に裸で抱き締められたんですよ!
全くときめくどころか緊張もしていないんですか?
これは大問題です。
雪乃様は晶さんにフレンチキスをしました。
しかし晶さんのMPは全く増えていない、先程の戦闘が終わった後の空っぽのままなのです。
女同士のキスでもMPは変動します。
女性相手に恋愛感情を感じる女性もいるからです。
私もそうなると思ってました。
雪乃様と晶さんがキスをすれば、MPは問題なく回復する・・・そのはずだったんです。
「MPの変動がない」という事は雪乃様も晶さんも全くお互いに恋愛感情を抱いていない・・・という事になります。
二人の恋愛感情はどこへ行ってしまったのでしょう?)
スレイプニールは思った疑問を二人にはぶつけなかった。
気持ちの変化は口で言って修正出来るものではない。
相手の気持ちを自分の思うように変化させる・・・これを洗脳という。
スレイプニールはそれをしなかった。
それをする連中は悪だ。
それらと闘おうと『美少女戦士』を探していたのだ。
人の心までは最低限しか操りたくない。
女の子になった晶を世間に受け入れさせるために必要最低限の情報操作と人心操作を行った。
それすらも本当はしたくなかったのだ。
だがそれをしないと晶はただの「身元不明の女の子」であり、男だった晶は「行方不明者」として捜索されてしまうだろう。
それは晶が普通に生きて行く上でも『美少女戦士』として活動して行く上でもやむを得ない処置だったのだ。
しかし事は深刻だった。
美少女戦士の戦う源はMP、MPの源は女王様の恋心もしくは女王様に向けられた恋心だ。
雪乃様と晶の間に恋心が全く存在しないならMPは別に調達しないといけない。
「ねえ晶、木下先輩ってどんな人?
彼女とか・・・いないよね。
一応私に好意持ってくれてるみたいだし・・・」覚束無いながらも僕が風呂上がりの雪乃様の着替えを手伝う。
もちろん僕は裸のままだ。
自分が着替る間、主人を待たせたりはしない。
僕の下着を置いて、メイド長はいなくなってしまった。
きっと呼ばれてもすぐ駆けつけられるところに控えているのだろう。
僕に寝間着を着付けられながら雪乃様が言った。
僕の中で嫉妬の炎が燃え上がる。
「雪乃様は湊をどう思っておいでですか?」僕は反射的に雪乃様に噛み付く。
慌ててスレイプニールが間に入る。
「晶さん、控えるべきです。
いや、控えなさい」
僕は我に返りひれ伏す。
「大変申し訳ございません!
つい感情的になってしまいました」
(晶さんは雪乃様に対して嫉妬した、と自分で思ってるみたいね。
もしかしたら・・・私にはわからない、でも雪乃様はわかっているはず)
スレイプニールは二人を見つめ思った。
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