第3話 魔女のおともは一苦労
「さあ、つぎはあの店にいくわ」
「ええ、まだ続けるのかよ……」
「家来がもんくをいったら、だめなのよ」
「……へいへい」
下から見上げるようににらまれて、仕方なく俺は大人しく従うことにする。ここで食いさがると、わんさか文句が飛んできて結局面倒だというのは、この一時間くらいで何となくわかってきたことだ。
カボチャの魔女の、家来であり従者。どうやら俺はそういう役割になっている。そしてそれを命じた小さな魔女様は、俺の数歩前を意気揚々と歩いている。
――面白いじゃねえか! よし店長命令だ、行ってこい!
倉田さんの豪快な笑いを思い出す。今俺がこんな奇妙な状況に置かれているのは、半分は倉田さんのせいである。「家来ににんめいするから、ついてきなさい」というちびっ子魔女の言葉と、面白い、の一言で俺を送り出した倉田さんのために、俺はめでたく魔女の家来の立場を拝命してしまった。
わけがわからない。誰か説明してほしい。できれば見識ある普通の大人に。
「なあお前、なにもんだよ?」
前を行くチビ魔女に質問を投げる。大きすぎる三角帽子が、歩行に合わせてヒョコヒョコと揺れている。
「カボチャの魔女よ。なんどもいってるでしょう?」
「そうじゃなくてなあ……あれだ、例えば、名前とか」
「家来がしゅじんの名前をきくなんて、しつれいなのよ。それに、おとうさまとおかあさまに、しらないヒトに名前をいってはいけないと、いわれているのよ」
いやいやいやいや。その知らない人を家来にしたのはどこの誰だよ?
「くだらないこといってないで、つぎにいくわよ。つぎはあの店よ!」
「げげ」
女の子が大きなホウキで指し示した方角を見て、思わず俺は苦虫をかみつぶしたような声を漏らす。そこにあったのは、この辺でも有名な大きなケーキ店。ピンクの可愛らしい外装で、女子の集団が嬉しげに放課後に寄るような、週末にカップルが並んで買いに行くような、そんな店である。
「いやあー、あの店はどーかなー。ははは」
「なによ、しゅじんのきめたことに、もんくがあるの?」
「えーっと、俺的おすすめはあっちの店だ。あのクッキー店!」
慌てて、通りを挟んで真反対にある小さな店を指さす。ポプラの街路樹に隠れそうなほど小さな、白壁に赤い三角屋根の可愛い店だ。
「全然めだたない店ね。たいしたお菓子もなさそうだわ」
「いや、ああ見えてあそこのクッキーすっげえ上手いんだ! 一度食べるとやみつき! 週末になると大行列! 俺を信じろ!」
適当に褒めちぎる言葉を並べまくったが、丸っきり嘘でもない。昔からやっている古株のクッキー店で、地元の雑誌に載るくらいには人気がある。
「……わかったわ、そこまでいうならそっちにするわ。おいしくなかったらクビよ」
美味しくなかったらクビなのか。じゃあわざと不味い店を紹介した方が良かったんじゃないのか。しかしその前に散々文句を言われるのが関の山か?
そんなことをゴチャゴチャ考えながら、俺は店の中へ入っていく小さな魔女の背中に続いた。
「あらあ! 可愛いお客さんだこと」
足を踏み入れた瞬間、穏やかな老婦人の声に迎えられた。
木の匂いのする小さな店内には、壁中びっしりと菓子棚が並び、白色、桃色、栗色、抹茶色と、カラフルなクッキーたちが飾られている。
その奥に座っていた白髪交じりの店主は、優しそうな目元を細め、ずり落ちかけたショールを引っ張りなおした。
「小さな魔女さん、何のご用かしら」
「わたしはカボチャの魔女。このジャックと翔はおともの家来よ。お菓子をくれないと、とくいのマホウでイタズラするのよ」
老婦人の細い目がキョトンと丸くなる。それを、俺はハラハラしながら女の子の後ろで見守っていた。けれど俺の杞憂をよそに、婦人はすぐにふんわりと微笑む。
「あらあら、それは困るわねえ。そうしたら、魔女さんにはこれを差し上げようかしら」
老婦人は横の壁棚に手を伸ばし、小さな袋に包装されたクッキーを差し出してくる。白と茶色が混ざり合って複雑な模様を描く、きれいなクッキーだった。
「どうしたらいいのかしら」
「けんじょうひんは、ジャックがうけたまわるのよ」
「あらまあ、素敵なお供さんね」
チビ魔女がカボチャのジャックをカウンターにのせると、老婦人はにっこり笑ってクッキーをその中に差し入れた。そして再び魔女の左手に抱え直されたジャックの中には、今し方のクッキー以外にも、既に色とりどりのキャンディーやチョコレートが入っている。
そして小さな魔女はくるりと俺の方を振り返り、「つぎ、いくわよ!」と満足そうに笑う。店主はその様子を眺めやり、再び優しげに微笑んだ。
「
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