最終話―3 選択

 無意識だった。

 無意識のうちに、

 殺してしまった。


 お洒落な内装だな、と雰囲気で選んだ喫茶店の内装が、

 可愛い制服だな、と横目で眺めていたウェイトレスが、

 美味しそうなケーキだな、と壁に掛けられていたポスターが、

 椅子が、テーブルが、

 床が、壁が、天井が、

 窓ガラスが、電球が、

 なにも、かもが、

 私の手で、

 私の意思で、

 私の無意識で、

 鉄臭い赤色で、


 殺されていた。



 血って、こんなに出るんだ。

 なんて、どこか、現実味を失いながら、

 現実逃避気味に、

 自嘲気味に、


「なにやってんだろ」


 錆び臭い店内で私は溜め息を吐いた。

 ちりちりと時空間跳躍の光が視界いっぱいに溢れる中、

 私はご主人様の真っ赤なCOLORを拾い上げる。


 罪悪感より、

 背徳感より、

 ただひたすら、

 虚無感。


「派手にやってしまったな」


 生乾きの血を踏む音がした。

 振り返ってみれば、喫茶店の出入り口にJ三八番が立っていた。

 その右手には、誰の物かもわからない、赤黒く血で汚れた真っ青なCOLORが握られていた。

 彼自身のCOLORは、その首にしっかりと巻かれている。


 …………、

 …………?

 なにか、違和感。


「あの、そのCOLORは誰の物か教えていただけますか?」

「これはJ一二四五二番のCOLORだ」


 誰だよ。


「A二〇〇〇一番の家の門番だ」

「…………、」


 確か、黒い怪盗然としたアバターの男性だったか。まさか、門番の仕事を放り出してこんなところに……いや、もしかして、


「そうだ。これはA二〇〇〇一番が生まれる以前のJ一二四五二番が所持していた物だ」

「……あなたは、初めからそれを回収することが目的だった、ということですか?」

「そうだな、それもあるだろうな」


 それ以外にも、なにかあるらしい。いや、それは前に聞いた。


「阿仙の始末、でしたっけ」

「最善は捕縛であるがな。始末、つまりお前のした虐殺は、最後の手段だ。そして、」


 J三八番は、


「最悪とはほど遠いが、」


 内にも外にも感情の欠片がひとつとない、


「好ましくはない選択肢だ」


 無色透明な笑みを浮かべた。

 まるで、彼はここにいないかのような印象を受けるその笑みに、

 私は思わず身を震わせた。


「無意識とは、本性である。これは私の哲学であるが、そうだな、私の本性は、おそらく好奇心だ」

「…………」

「他者の本性に興味があったのだろうな。人類までも滅ぼしかけたこの時代の人間に興味があったのだろうな」

「…………」

「『お前』の本性のひとつは、おそらく独占欲だ」

「…………」

「A二〇〇〇一番が誰かに冒されるのを許せない。A二〇〇〇一番が誰かに関わるのを許せない。A二〇〇〇一番が自分以外のモノを見るのを許せない」


 ――――――――、


「我が子が愛しくて堪らない」


 ――――――――――――――――、


「殺サレタイカ」

「殺したいなら殺すと良い。好きなだけ殺すと良い。好きなように殺すと良い」

「――――」


 ――ただし、

 ――『お前』は、

 ――それまでの存在ということになるがな。




――――bad end.

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