最終話―4 私はなにも知らない
無意識に動き出した右足に気付いた私は、一歩踏み出した体勢で意識的に立ち止まる。
そのまま、眼球だけを動かして軽く下がった視線を男に向ける。
「……あなたは、阿仙で間違いないですか?」
「ああ、間違いないね」
ご主人様のCOLORにスタンガンを押し当てたまま、男は無感情に微笑んだ。
「俺は君のご主人様とやらの父親だ」
「…………、」
さて、疑問がいくつかある。
阿仙はどうやって私達を知ったのか。
ブランクが教えたという線はありえない。私やご主人様はこの時代にやって来るまで一度としてブランクと直接的な、あるいは間接的な対面をしたことがない。電子世界で検索すれば顔はわかるだろうが、それが出来るのはブランクではなく人間だ。
アパートでブランクの死体を発見した時、顔を見られたという線もありえない。たった今ブランクの死体を発見した直後から今に至るまでの監視カメラの記録を洗い終わったが、ブランクもどきや阿仙が私達を知るきっかけさえも見つからなかった。
J三八番が教えたという線はわからない。私達と合流した以前、特に別の地域で活動している間に情報を流されては、確認が難しい。人間大好きマンの彼を信用するしかないので、うーん、とりあえず悪い方に考えておこう。
それはそれとして、
J三八番が阿仙の助力者でなかった場合、誰が私達の存在を彼に教えたのか。
考えられるのは、
「第三者、ですね?」
「ん?」
私の言葉に阿仙は首を傾げる。当然だろう、今の言葉は先の阿仙の言葉とはまるで関連性がないように聞こえてしまっても問題ないのだから。
左足を右足に揃え、
私は阿仙の目を見て問う。
「あなたに私達の存在を教えた、J三八番様ではない人間がいますね?」
そう口にした瞬間、
阿仙は目の色を変え、手にしていたご主人様のCOLORを私に投げ飛ばしてきた。私は阿仙から目を離さずにそれを掴み取る。
「お前、あの男の仲間だったのか」
「ええ」
あの男。阿仙はJ三八番を指してそう言った。
この時代の人間からしてみれば、女性にしか見えない彼を指して、
あの男、と。
「正しくは、仲間ではなく知り合いですが」
「同じことだろうよ」
確かに、そうかもしれない。
私達はブランクを追い、その過程で阿仙も追っている。おそらく、最後のブランクがどこにいるかは彼しか知らない。
J三八番は過去の失敗を清算するために阿仙を追っている。おそらく、その過程で内通者である人間を追っているのかもわからない。
というか、
J三八番が内通者の人間をどう扱うのか想像できないが、
私自身が思考停止気味に彼を信用してしまっているため、
そんな仮定をしたところで意味はないのだけれど。
「俺は、また選択を誤ったようだ」
私がご主人様のCOLORを時空間跳躍させるのを見やりながら、阿仙は自嘲気味に笑う。
「まず先に警戒すべきは、ご主人様ではなく召し使いの方だったか」
「そりゃあそうでしょう」
人間は死にやすい。壊れやすい。狂いやすい。
だから、人間の調子が悪くなったときのために在るのが、私達召し使いだ。
あらゆる手段を用いて
「お前は俺の味方だと思っていたのだけれどな。あの頃のように」
「そうでしたか。しかし残念ながら、私はあなたを知りません」
今、
「あなたが『私』とどんな関係だったのかは存じておりますが、『私』とどんな言葉を交わしたのか、『私』とどんなことを致したのか、全く、これっぽっちも知りませんので」
「はんっ、そういうことにしておいてやるよ」
「それはどうも、ありがとうございます」
「…………」
不快そうに顔を歪める阿仙に向けて、私は一歩、自分の意思で前に踏み出す。
「では、改めまして。私の名は製造番号F一七八九二九番」
さわり、と、
「A二〇〇〇一番の召し使いです」
空気が変わった。
この世界について、私は知らないことが多すぎる。
或いは、それらは知ってはいけないことなのかもわからないけれど、
それでも、それならば、そうだとしても、
私は知らないなりに、知ろうという努力を欠かしてはならない。
この滅亡に向かう世界から目を逸らしてはならないのだ。
そんなことを想いながら、私は阿仙の命ではなく意識を刈り取った。
ご主人様には悪いが、あの人はまだブランク処理の仕事を任せられるほどではないと判断させて貰おう。J三八番と比べれば、ご主人様はまだまだ守られるだけの幼児に過ぎないことがよくわかった。
うん、そうだ。
怠け者のご主人様には、この仕事は少し早すぎたということでしょう。だからまずは、その怠け癖を治すところから始めるとしましょうか。
――――good end.
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