マルチエンディング

最終話ー1 『私』のご主人様

 殺すか。


 真っ先に私の頭に浮かんだのは、その言葉だった。

 阿仙(自己紹介はなかったが、多分彼がそうだ)の脅しは無意味だ。殺してご主人様の救出を――


「(落ち着け、召し使い一号)」


 背後から聞こえる押し殺した制止の声は、振り切ることが出来なかった。

 何故ならそれは、


「(詳しいことは今はまだ話せないが、うむ、言うなれば、敵を騙すにはまず味方から、というやつだ。私は今、他の人間と共にブランクに扮している)」


 騙される側の気持ちを考えたことないだろこの馬鹿野郎。

 え、て言うかなに? COLORの疑似脳なしで記憶とかどうしてんの? 〇〇一番とか忘れっぽかったけど、もしかしてCOLORなしで活動するための訓練とかあるの?

 そもそもCOLORを外すのに首落とさなきゃいけないのに、外したら体内のナノマシン機能しなくなるでしょ? なんで平然と活動できてるの?


「その動揺は、肯定と受け取っていいのかな?」

「え?」


 しまった、あまりの衝撃に阿仙のことなんてすっかり忘れていた。


「ああいや、私はただの召し使い……」

「(阿仙からなるべく情報を引き出してくれ)」

「――って、なんで知ってるんですか!?」

「ふっ、馬鹿な女だな。未来の人間なら誰でも知っていることだろう?」


 おいこの馬鹿、協力者の正体明かしたぞ。もう殺してよくない? て言うかそれ絶対協力者じゃないよ、スパイだよ。スタンガンでCOLORが壊れるって嘘教えられたでしょあなた。


 もういい、殺す。


「待て待て、構えるな。お前達の目的はブランクの処理、だったな?」

「……なんでそれを?」

「さて、何故だろうな?」


 阿仙はくつくつといやらしそうに笑う。

 が、その姿のなんと滑稽なことか。可哀想になってきた。

 ……え、こんなのの遺伝子がご主人様の身体を作ってるの?


「っ」


 水が湧き出すように、

 堪えがたい吐き気に襲われた。危なかった。召し使いでなければ生理的嫌悪感で吐いていた。

 まあ、良い感じにあおざめたのだろう、


「交渉だ。ブランクとお前の娘を引き渡す変わりに、この箱を開けてもらおうか」

「えー」


 これ見よがしに三つの黒い直方体を見せつけてくるが、なんであんなに強気というか、自慢気なのだろうか? 見ているこっちが恥ずかしくなってくる。


「(召し使い一号、あれ等は中身も含めて全て回収しろ)」


 無茶を言う。そんなこと言われたら、無闇に全力を出せなくなってしまうではないか。でも、もう二つ回収したのだから、あれらは壊してしまっても――


「(交渉に応じる素振りを見せるだけで良い。最悪殺しても良いが、壊しはするなよ)」

「……えーと、その箱は私じゃなくてご主人様にしか開けられなくって、」


 でもブランクの振りした人間が私の後ろにいると言うか、その人なら開けられると言うか、


「そう言うわけで、ご主人様を先に返してもらわないことには、箱を開けたくても開けられないんですけど」

「そうか。……そうなのか? 聞いていた話と違う……」



 ――――あ、

 こいつ殺そう。

 こいつがご主人様の父親であると納得しかけてしまった。

 だから殺そう。

 殺して、

 見なかったことにしよう。

 いなかったことにしよう。

 ご主人様は、

 『私』が一人で産んだ子だ。



「どうしますか? 正直に言うと、スタンガンではCOLORは壊せないんですよ」

「なんだと?」

「(おい、召し使い一号、なにをしている? 勝手な行動はよせ)」


 勝手な行動? 確かにそうかも知れない。だけど、『私』は人間でもロボットでもブランクてもない。

 『私』は『私』だ。ご主人様のたった一人の親で、召し使いなのだ。


「約束します。ご主人様にCOLORを返してくれたら、その箱を全て開けさせます。もちろん、あなたの命は保証しますよ」

「…………」


 阿仙は少し悩んだ後、手にしていた真っ赤なCOLORをご主人様の首に嵌め直し、かなりいい加減だが首の切断面も重ね合わせる。

 瞬く間もなく、ご主人様は息を吹き返した。


「――はっ! 知らない天井だ」

「ご主人様、遊んでないでそこの三つの箱開けてあげてください」

「……なに?」


 ご主人様は慌てて立ち上がり、一瞬阿仙の掌の上を見てからすぐにこちらに目を向けた。


「……いや、駄目だろ」

「『私』の好きにさせてください」

「…………………………………………」


 ゆっくりと、

 ご主人様は、

 諦めたように、

 呆れたように、

 首を横に振り、


「……わかった」


 阿仙から直方体を全て奪い、

 手首だけでこちらに投げてきた。


「召し使い一号、それを時空間跳躍させろ! 命令だ!」

「なっ、ご主人様!?」

「なにを言われたか知らないがな、」


 ご主人様は右腕を振り上げ、先程自分の首をはねた刃物を前腕で受け止めた。


「無駄なことしてないでやることやれ!」


 …………、


「真面目か!」


 なんて言っている間に、またご主人様の首が胴体から離れてしまった。持ちネタかな?


「くそっ、騙したな!」

「るっせ、ばーか!」

「なっ……!?」


 おや、意外な反応。てっきりぶちキレるかと思っていたら、鳩に豆鉄砲食われたような顔をした。

 こういう純粋な部分はご主人様にしっかり遺伝しているのだから、


「腹立たしいですねっ」


 ご主人様が投げた直方体を時空間跳躍させ、一歩前に出る。


「だけどせめて、あなたみたいな哀れな人間は、全てを知る前に殺してあげます」

「な――っ」


 阿仙の混乱がいよいよ最高潮に達したと思われたその瞬間、

 ご主人様の首を切り落としたブランクもどきが、

 否、

 ブランクに扮した何者かが、

 音をも切り裂きながら、

 鏡のような刃を閃かせた。


「あの馬鹿!」


 ご主人様に投げられたウェイトレスは、J三八番は、大声を上げながら立ち上がり回りのブランクもどきを蹴り倒す。それに遅れて、私に掴みかかってきた男性が起き上がりJ三八番に代わって四肢を振るい始めた。

 他に味方みたいなブランクもどきはいないので、なるほど、私とご主人様の味方は三人か。少数精鋭だあ! 痛い目でも見たいのかな?

 て言うか阿仙死んだから問題解決じゃない?


「そう甘くはない。家に帰るまでが仕事だと習わなかった?」

「習いませんよ」


 そんな当たり前なこと。


「それで、どうしますか? 阿仙を時空間跳躍させようにも、まわりのブランクが邪魔ですよ」

「片付ければ問題ない」


 簡単に言う。この喫茶店には十人、二十人のブランクもどきがいる。さらに、騒ぎを聞き付けたこの時代の人間が外に集まりだしている。

 この時代から去れば知らんぷり出来そうだけど、


「未解決事件ですよねえ……」

「良い娯楽になるだろうな」


 J三八番は私の独り言にそう返し、ナイフを振り回す人間(召し使い?)に加勢した。

 目の前には躍り狂う血の飛沫。

 背後には舞い飛ぶ骨と肉と皮。


 ごろり、と。

 誰が蹴飛ばしたのか、

 ご主人様の頭が私の爪先に当たる。


「……なんだか、現実味に欠けますよね」


 阿鼻叫喚の中、主人様はいつか見た不敵な笑みを私に向けていた。



―――true end.

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