第12話 別にピンチというほどではないけれど

 J三八番と合流し、それから三日経った日のことだった。

 合流した日の夜、J三八番は、


「阿仙を釣るためにうろうろしていてくれ。私は影から見守っていよう」


 などと言いながら、あほ毛多目的センサーで探してみれば彼は結構はぐれたりしている。

 今もはぐれているようなので、ご主人様に言って喫茶店の窓際の席で一服しようとしていた。


「それにしても、中々現れませんね」

「警戒しているのかもな」


 一応最後のブランクの行方を追ってみてはいるのだが、信憑性の薄い噂話が目に付くばかりで、ちっとも進展がない。さては情報操作でもしているな?


「あ、カップル限定のジュースですって。二人じゃないと飲めないらしいですよ」

「圧力の問題だろう? このストローの空いた吸い口を塞げば、一人でも飲めると思うのだがな」

「じゃあ一人で飲んでみます?」

「甘いものは嫌いなんだ」


 さいですか。

 でもこの喫茶店、甘くないものを頼もうとするともうブラックコーヒーしか残らないんだけど、


「クッキーでも頼みます?」

「それくらいなら食べられるかな」

「わかりました」


 と、ちょうど通りかかったウェイターに声を掛けようとして、

 その姿が、

 アパートで幻視した、

 茶髪の後ろ姿と――


「ここにはご主人様のお口に合うメニューはないようです、失礼ですが退席しましょう」

「む? いや、別にクッキーでも……」

「店を出ましょう」

「……わかった」


 笑顔で訴えたらご主人様も理解してくれたようで、それ以上なにも追求せずに席から立ち上がる。

 早くJ三八番と合流して、このことを……、


「っ」


 目の前に数人の男女が立ち並ぶ。

 喫茶店から出ようとする私達を足止めするように並ぶ彼らは、皆一様に色が薄かった。

 ご主人様やJ三八番のように全身異様な白さはではないが、

 しかしまるで病人のように肌が青白い。

 そう、例えるならまるで、


「……人間寄りのブランク?」


 私の呟きに反応したのか、黒髪の男の手が伸ばされる。


「っ」


 反射的に彼の腕を掴み、その身体を床に叩きつける。


「おい、いきなりそれは……っ!」


 ご主人様は背後から掴みかかろうとしたウェイトレスの腕を振り向かずに掴み、腰で跳ね上げて宙に放る。


「いきなりなんだこいつら!?」

「……まずいですね」


 客が一切騒いでいない。彼らも阿仙の仲間ということか。

 確認できる限り、この喫茶店にいるのは十八人。阿仙の生体パターンは記録出来たので、ここは一度撤退を……


「ぐぇっ」


 どさりという嫌な音と共に、ご主人様の潰れるような悲鳴が聞こえる。

 慌てて振り返ると、数人がかりでご主人様は床に押さえ付けられていた。

 止める間もなく、首が切り落とされる。


「ご――っ!」


 反射的に右手を引き、腰を落とす。ご主人様には再生能力がある。この際、纏めて消し飛ばしてご主人様のCOLORだけでも回収を――!


「下手なことすると殺すよ?」


 無視しても良かった。

 その男は、ご主人様からCOLORを奪い、

 接続部となる薄い金属盤にスタンガンを押し当てていたが、

 例えそれがどれほど高威力だったとしても、

 その程度のことでCOLORは壊れはしない。


「君の、ご主人様」


 特別なにかあるわけではない。

 顔の作りは醜美の判断が出来ないほど平々凡々で、

 声だってどこかで聞いたことがあるのではないかというくらいありふれている。

 背は高くもなく低くもなく、

 細すぎず太すぎず、

 『私』の意識が残っていなければすれ違ってもすぐに忘れてしまうほどの、

 どこにでもいそうな人相をしているのに、


「あなたは……」

「ああ、君、これの母親なんだってね?」

「っ!?」


 動揺が隠せない。

 情報を処理しきれない。

 何故、どうやって?

 口の軽い人間代表としてJ三八番の顔が脳裏を過る。あいつか? いや、立場が少々特殊ではあるみたいだが、権限は一般的な人間と変わりない。調べたことがあるので、それは断言できる。


 そうなると、

 …………、

 ……どういうことだろう?


 駄目だ、『私』の頭が、回らない。

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