第11話 収拾つくんですかね、この事件

 ご主人様の身体を拭いてバスローブに着替えさせた後、私とJ三八番も順番に風呂に入り身体に付いた血の臭いを落とした。服の臭いはどうしようもないので、申し訳程度に風に当てている。


「全員揃ったので、あの直方体、と言うか箱について教えてもらえますか?」

「良いだろう」


 J三八番は頷き、ポケットから黒い直方体を取り出した。それに倣い、私も同じように取り出す。

 興味本意で側面の溝をなぞってみると、


「……なにも起きませんね」

「当たり前だ。それはCOLORを持つ人間にしか開けないのだからな」

「俺になら開けられるのか」

「なにも知らない者が無闇に開けるのはよくないな」


 そう言って、J三八番は私の手から直方体を奪い、そして開く。


「ふむ、どちらも中身は無事なようだ」

「あのー、なにが入ってるんです?」

「記録メモリだ」


 言いながら、J三八番は箱を閉じ、掌の上にふたつを並べる。


「召し使い一号、これを時空間跳躍で私達の時代に返して欲しい。〇〇一番には『ブランクがよくわからないものを持っていた』と伝えてくれ」

「良いですけど……そう言えば、J三八番様は過去で時空間跳躍しなければならないときはどうしてるんですか?」

「ふっ……。私のCOLORは特別製でな」


 J三八番が自慢気に鼻を鳴らす頃には、既に彼の掌からふたつの直方体は消えていた。


「俺も欲しい」

「駄目だ」

「駄目ですって」

「そうか」


 しかし、話を聞けば聞くほどJ三八番がわからなくなってくる。この人は、本当にただの変な人間なのだろうか?


「さて、問題はブランクがあれを持っていたということだ」

「えーと、つまりブランクが記録メモリを悪用しようとしてたってことですよね? ブランクじゃ開けられたいのに」

「そうではあるが、しかしA二〇〇〇一番がいるとなれば話は別だ」


 何気ないことのように吐き出された言葉に、


「……ご主人様がブランクの味方に付くと言いたいのですか?」


 ちりちりと視界の裏が焼けるようだった。


「そんなことはあり得ない。この私が責任を持って保証しよう」

「え? あ、はあ」


 意外な言葉に間抜けな声がでる。……いや、私を騙すための嘘という可能性もある。

 ご主人様を疑うような姿勢を少しでも見せれば、無理矢理にでも


「なにせ、A二〇〇〇一番も私達と同じ優秀な人間だからな。それだけで手放しに信用できるというものだ」


 …………、


「召し使い一号、それはお前も変わらない。盲目的にA二〇〇〇一番を愛するお前は、本当にわかりやすい。わかりやすい故に、信用できる、主人を守るというその目的は十分に私の手助けとなってくれているしな」


 …………?

 また随分と自分に酔った顔をしている。

 いやこの人、

 こういうときの発言から考えるに、

 理屈っぽく言いながらも思考停止気味で人間を賛美する辺り、


 さては人間大好きだな?


「……それで、ご主人様がいるとどう違うのですか?」

「ブランク達は、特に阿仙はお前を利用して箱を開けようとするだろう」


 そう言いながら、

 J三八番は、

 ご主人様を指差した。


「……どういうことです?」

「阿仙という男は俺の父親なのだろう? 情にでもうった――」

「ちょちょちょちょ、ちょっと待ってください!」


 なんつった!?

 今なんつった!?


「今なんて言いました!?」

「阿仙は俺の情に訴えて――」

「その前!」

「……阿仙という男は俺の父親なのだろう、と――」

「なんで知ってるんです!」


 いや、アパートでのJ三八番の発言から気付いたという可能性も捨てきれな


「阿仙については先程私が教えたのだが、」

「何故」


 自然、声が低くなる。


 ご主人様を他の人間と変わりないようにしてあげようという私の気遣いを、

 ブランクに産まれたという過去に囚われないで欲しいという私の気遣いを、

 ちっとも笑わなかったご主人様を少しでも笑顔にしようという『私』の努力を、



 この人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人はこの人は――――


 ……………………いや、

 それらは私の、『私』の独り善がりか。

 熱くなっていた頭の中が徐々に冷えていく。それに合わせて、胸の内で膨らみかけていたなにかが萎んでいった。


「……すみません、少し混乱してました」

「いや、無理もない。お前にとっても因縁深い相手だからな」

「そうなのか?」


 おいこら口が軽いぞ人間、


「ええ。我が子同然で育てていたご主人様のお父様ですからね」

「……俺はそんな目で見られていたのか?」

「ええ。可愛いなあ、と」

「…………っ」


 あ、久し振りの蔑むような目。迷わず保存した。


「んんっ、まあそれはそれとして、なんの話でしたっけね」

「阿仙がA二〇〇〇一番の父親であることを利用して箱を開けさせようとするだろう、と言う話だ」

「それ話のまとめです」


 しかも大部分が未公開情報なんですけど?


「なんだ、箱がまだ他にあったのか?」

「わからん」


 わからんのかい。


「たが、恐らくそれは確実だろう。いつ、どのような手段でブランク達はメモリを盗み出したのか、まあ、見当はつくが、」

「そうなんです?」

「今は関係ないから、そのうち話すことにしよう」


 うやむやにされそう。


「一人ひとつ持っていたのだろう? メモリの中身はどれも同じだが、確実に阿仙に届けるために複数持ち出したに違いない」

「そして阿仙が俺に開けさせる、という算段だな?」

「そうだ。あれにはある時期から私達の時代に至るまでの歴史が記録されている。云わば予言書の様なものだな。悪用すればここより未来が変わり、そうだな、アレならば人類を滅ぼす選択を取るだろうな」


 ……うーん?

 なにやら大変なことになってきたようだけど、


「でもそれって、ご主人様がこの時代に、それも端巻市のこの町に来ないとそもそも成り立たない計画ですよね?」

「ああ。だからこその、召し使い一号だろう」

「はい?」


 私、いや、もしかして『私』か?


「A二〇〇〇一番を一人前の人間として自立させ、ブランク処理の仕事を任せられると世界政府が認めるまでに、精神的に成長させる。おそらくなのだが、それがお前の役割だ」

「…………………………………………は?」


 それは、

 それはつまり、

 私は、

 『私』は、

 ――――


「落ち着け」

「あぅ」


 柔らかく、温かいものが私の手に触れる。


「落ち着け」


 いつものようにぶっきらぼうではなく、

 いつものようにそっけないものではなく、

 優しく、温もりを持った言葉。

 思ってもいなかった言葉だったが、逆にそれで落ち着けた。


「ありがとうございます」

「言っただろう。俺はお前に感謝している」


 ……何年前だよ、それ。


「お前が気に病むことじゃない」

「ああ、A二〇〇〇一番の言う通りだ」


 J三八番はまたも得意気な顔で頷く。


「少なくとも、召し使い一号。お前はこの時代から帰ることが出来ているのだからな」


 ……そう、だ。

 うん、そうだ。

 時空間跳躍が出来るということは、つまりこのブランク処理の仕事を終えた私が存在しているということだ。


 好意的に解釈すれば、

 私は、私達は無事に阿仙の企みを阻止できたということだろう。

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