第6話 不具合……ですよね?

 ご主人様の着替えを済ませホテルから出ると、人の波に襲われた。


「ぅ……お……」

「こんなに人がいるところを見るのは初めてですよね」

「電脳世界でも見たことがない……」

「そりゃあ、シミュレーションばっかりやってればそうでしょうね」


 私は人混みに戸惑うご主人様の手を取り、人の流れから外れた通りに連れていく。


「あれはなんだ? 新しい訓練か?」

「ご主人様ってだいぶ脳筋になりましたね?」


 いや、似合ってはいるんだけど、その口調ならもうちょっと思慮深い発言をして欲しい。今のご主人様は世間知らずが口の端から漏れているようだ。

 いやそんなことよりも、


「あれは仕事に向かう人達なので、後一時間もすればほとんどなくなりますよ」

「……仕事?」

「この時代は電子世界に似た仮想世界はありますけど、電脳世界のような仮想現実はないんです。しかも仮想世界はそれほど発達してないので、通常仕事は現実世界で行わないとなんですよ」

「不便だな」


 私もそう思うが、


「こんな不便な時代があったから、私達が産まれた時代があるんですよ」

「感謝しろと言うことか」

「いや全然」


 私達の時代は、ご主人様が生まれ育った未来は、人類が誤った選択の中で最も取り返しのつかない選択肢を選んだ末に、最善を尽くされて築かれた時代だ。

 そんな時代で産まれた私達は、言わば負の産物。

 崩壊した未来を確定させる、時空を越えた決定的証拠。

 それは人間やロボットだけでなくブランクにも言えることで、あれ……そうなると、どうして世界政府の管理を受けていないブランクが過去に……?


「…………、おかしい」

「どうした」

「……ご主人様は、ブランクはどうやって過去の世界に行っていると思いますか?」


 過去と現代を往き来するには、世界政府のみが所有する時空間跳躍装置が必要だ。それがなければ過去へ往くことなんて……


「俺の仕事はブランクの捕縛だ。それ以外のことに興味はない」

「あー、そうでした。失念してました」


 この人は人間だった。

 世界政府に管理された、生粋の人間だった。

 ご主人様は私と同様に出自だけ見ればややこしいことに変わりはないが、しかし今現在のご主人様は、成人し仕事をするようになったご主人様は、世界政府に管理される他の人間のなんら変わりない。

 世界政府にとって不都合なことに疑問を覚えなくても、なんら不思議ではないのだ。


 ちなみに、私は『私』を受け入れたことである意味では世界政府の管理から外れたところにいるらしい。J三八番が言っていた。

 その話を聞いたときにも思ったけど、それって不具合だよね!? 我が強くなるはずだよ!


 ともかく、だ。


「ご主人様、ブランクの目撃情報が集まりましたよ」

「どうやってだ?」

「私をなんだと思ってるんですか。召し使いに不可能はありませんよ」


 と言っても、偶然近くにあったファストフード店のフリーWi-Fiからこの時代の電子世界、もといインターネットを利用させてもらっただけだ。そう種明かしすると、


「俺にもやり方を教えろ」

「駄目です」

「何故だ」

「設定が面倒なので」

「そうか」


 納得するのか……。まあ、COLORによるインターネットへの接続の設定はロボットにしか出来ないので、私としてはそのほうが嬉しいけど。

 私の知らない間に余計なことされても困るしね!


「それで、ブランクはどこで目撃されたんだ?」

「あ、はい。古いアパートのひと部屋に二人、再環螺さわら川に架かる彼華橋かけはしの下に一人、廃校に一人です。目撃情報はひと月ほど前まで遡れますね」

「そんなに前からいたのか?」

「ええ、私達は一番追いやすいブランクを追って来ましたから」


 時空間跳躍装置の操作は簡単だ。無生物、あるいは運動状態にないつまり静止状態にある生物を時空間跳躍させる場合、対象物の座標と跳躍先の座標を時空間的に設定してしまえば、後はボタンを押すだけで時空間跳躍が行える。

 この時注意しなければならないのは、跳躍が完了するまでにある程度時間が掛かるということだろう。


 この前見た映画のワンシーンをなぞって例えるなら、跳躍先の座標は土に埋められた宝箱と言ったところだろう。時空間跳躍は土を掘り起こす作業だろうか。

 時代間の幅が大きければそれだけ宝箱は地面深くに埋まっているということで、私達の時代からこの時代までならば、時空間跳躍が完了するまでおそらく一時間近くはかかるのではないだろうか。


 しかし、私とご主人様は十秒とかからないで時空間跳躍している。それは、言わばトンネルを通るようなものだ。ブランクが通った道を辿り、ブランクが掘った穴を通り、新たに土を掘り起こすことなく時空間跳躍しているから、素早く過去の時代にやってこれるのだ。


 そしてこの穴というものが面倒で、時間とともに塞がっていく。

 いや、この表現は誤解を招くか。

 地球上においては原則不可逆的に等速運動を続ける時の流れが、着地地点から私達を遠ざけていくのだ。

 近くなら簡単に跳び移れ宙に浮く時間も短くて済むが、遠くとなるとそうはいかない。昨日見た、パズルが崩れ落ちるようなアレが長くなるのだ。

 ここでなにが問題かと言えば、あまりに時間が掛かりすぎるとブランクに狙われることだ。


「相手は一人の方が襲いやすいですし、最後にやってきたブランクを追った方が目撃情報もある程度集まってますからね。……割りと一般的ですけと、知らなかったんですか?」

「シミュレーションではブランクとの戦闘しか訓練していなかったからな」


 自慢げだな。開き直ってるのかな?


「しかし、そうだな。確かに相手は一人の方が楽だ」

「単純に考えて二対一になるわけですしね」

「二対一の訓練はしたことないけどな」

「…………」


 もしかしてこの人、言うところのお荷物なのではないだろうか。


「と、とりあえず、今日は廃校のブランクを始末しに行きましょう。最後の目撃情報は一昨日と新しいですし、屋根があるから移動はしていない可能性が高いです」

「そうなのか?」

「ええ。雨風を凌げますから、移動はあまりしないと思います」


 それはつまり、橋の下で目撃されたブランクは常に移動している可能性が高いと言うわけでもあるが。それを裏付けるように、アパートと廃校以外の目撃情報は再環螺川を中心に住宅街から郊外の森の奥まで様々だ。


 ……郊外の森の奥で目撃情報って、それはつまりそこに行った人間がいるということで、冬の森になんのようがなんの用があったのか個人的に気になる私。虫捕りにしても、冬眠してたり卵だったりすると思うんだけどなあ。

 うーん……、


「ご主人様、あなたは私の後ろで見てるだけで良いですからね?」

「また死にかけたら面倒だからな」

「ええ」


 なにか嫌な予感がする。

 多分これは、

 私ではなく、

 『私』が警鐘を鳴らしているのだろう。


「…………はっ!」


 ご主人様の身に危険が迫っているということ……!?

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