過去にて
第5話 まだちょっと眠そうですね
音はなく、しかし五感に訴えかけるような、かすかな変化。それは次第に大きくなり、やがて私に夜が明けたことを告げる。
閉めきられたカーテンを開け、ベッドに腰掛けるご主人様に顔を向け、
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう」
「今日もいつも通りの時間に起きられましたね」
普段と環境がまるで違うのに、そういうところに影響がないのは素直にすごいと思う。J三八番の話では他の時代の空気になれるまでしばらく時間がかかるらしいのだが、ご主人様は大したことなさそうだ。
この時代は酷く空気が汚れている上に、私達が普段浴びることなど決してない紫外線が空から降り注いでいる。私は召し使いなので平気なのだが、ご主人様が平気そうなのは一体どうしてだろうか。あり得ないと思うけど、痩せ我慢とか?
まあ、そんなことよりも、
「ご主人様、寝癖直すので後ろ向いてください」
「帽子被るから寝癖は直さなくてもいいだろ」
「駄目です、ご主人様は髪長いんですから、帽子被っても毛先が跳ねまくってるじゃないですか」
「そういうおしゃれだ」
どこで覚えたそんな言い訳。……心当たりがありすぎるなあ。
「いや、それはおしゃれじゃなくてずぼらですからね?」
「そうか」
ご主人様は小さく頷くとベッドの上にもそもそと寝転がった。真っ白な布団の上に広がる白い髪は、同じ色に溶け込むなんてことはなく、
「この時代でも、いろんな白があるんですね」
「どうした?」
「寝転がってないで座ってくださいって言ったんです」
「そうか。……そうか?」
なんて首を傾げながらも、ご主人様はちゃんと身体を起こし背筋を伸ばす。……しばらくして猫背になったが。
「駄目ですよー。猫背は身体に悪いんですから、しゃんと背筋を伸ばしてください」
「疲れるんだ」
「いざというときに動けなくなりますよ」
「わかった」
そうは言うが、しかしご主人様は背筋を伸ばしてもすぐにまた背筋を丸めてしまう。うーむ、これはもしかして、
「ご主人様、疲れてます?」
「布団が変わるとよく眠れない」
「それはよくないですね……」
寝不足は精神面から体調が崩れていく。私は召し使いなので眠る必要なんてないけど、ご主人様はそうではないのだ。このまま活動して体調を崩されては敵わないし……。
あ、そうだ。
「ご主人様、私の膝で寝てみますか?」
「……膝枕か」
なんで理解が追い付いてんだよ。今のは膝で寝るってワードに混乱するところでしょうが。これはあれだ、きっと暇なご主人様に映像作品を与えてしまった私の誤算だ。
純粋だったご主人様が私のせいで汚れていくよぉ。
胸がざわめくなっ!
「どうですか、膝枕してみます?」
「膝枕とは女性が男性にするものではないのか? 俺もお前も分類的には女性だろう」
「いや、性別関係ないですから。それに性別云々の話をするなら、百合という宗派も存在していてですね……」
「争いの種となる宗教は禁じられている」
「いやその…………はい」
言い返そうと思ったけど、確かに争いの種だった。思えば個々人の趣味趣向からくるいさかいは電脳世界や電子世界で頻繁に起きている。いやもう、互いに顔だけでなく個人情報を把握できる状態で言い合っているのだから、あれはいさかいと言うよりじゃれあいなのだろうけども。
まあそれでも、理由はどうであれ、規模はどうであれ、過程はどうであれ、結果はどうであれ、
「確かにあれは争いですけど……」
「まあしかし、だからと言って断る理由にはならないのだがな」
「…………、」
ツンデレかぁ!? ツンデレなのかぁ!? でもきっと、ご主人様のことだから無意識なうえに無自覚なのだろうけど。
最高かよ。
最高だよ!
「え、じゃ、じゃあ、ちょうど寝癖も直し終わりましたし、わ、わたた、『私』の膝で……」
「寝癖が直ったのなら、さっさと出るぞ。ブランクがなにか仕出かす前に止めなければ」
「……はい」
サブカル漬けになっても根の真面目さは変わらないか。残念ではあるけど、嬉しい気持ちも強い。
うん、これなら私が遊び呆けてても、ご主人様がなんとかしてくれるかな!
まあ、あんまり不真面目過ぎると色んな方面から怒られるんだけどね。真面目にやろ。
「ん……じゃあご主人様が着替えている間に、私はここ最近のニュースでも探ってみますね」
「その前にひとつ頼まれてくれ」
「なんです? やっぱり膝枕します?」
無言で首を横に振られた。そうですか……。じゃあ、他に一体なにを頼むのだろうか。うーん、ちょっと予想がつかない。
「着替えを手伝ってくれ」
「是非手伝わせてください」
一晩寝て変わることはないだろうけど、お胸の成長具合をみてやるぜ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます