第3話 慣れない環境での失敗は誰にでもありますから
無事ご主人様の一命はとりとめたが、同じように樹の幹に打ち付けられたブランクはショック死していた。
ご主人様は肋骨が折れ肺に刺さっただけで済んだが、ブランクは心臓に強い衝撃を受けて即死したのだ。
「運が良かったですね」
「俺の目を見てもう一度言ってみろ」
「あはー……」
言い訳はしない。全面的に私が悪いのだから、そこは誤魔化さない。
「ごめんなさい……」
「許す」
許すのか……。いや、許して欲しいから謝ったんだけど、出来れば叱られてみたかった。……いや、もしかしてこの人、叱り方がわからないのでは?
なんて考えてみたりしていると、ご主人様はぺたぺたと自身の胸部を触りだした。
「どうしました?」
頭も打って今更乙女に目覚めたのかな?
「いや、息をするのも痛くて、苦しかったのに、もう全然痛みがない」
「へえ、もう治ったんですか? すごい」
人間は脆弱だ。だから、本来破壊不可能なCOLORが使用不可能なほど破壊されていない限り、
たとえ腕や首が千切れようとくっ付ければ、
たとえ心臓が破裂しようと安静にしていれば、
たとえ脳みそが撒き散らかされようと放っておけば、
疑似脳を介して体内に偏在するナノマシンが壊れた肉体を修復し、蘇生してくれる。
これはブランクにもロボットにもない、人間だけの特権だ。
ご主人様はちらりとブランクの死体に目をやり、
「人間に生まれて助かった」
それあなたが言うとゾッとするからやめて。
「そんなことより、このブランクどうしますか?」
「どうするって……」
ご主人様はブランクの死体に近寄り、手際よく状態を確認する。
「多分これ、心臓破裂してるぞ」
「私もそう思います」
ご主人様が蘇生している間に私が確認したときも同じ結論に至った。と言うか多分ご主人様もこのブランクと同じ状態だったと思うんだけど。大丈夫? 足変な方向に曲がってたりしない? あ、平気だ。
「まあ、放っておけば〇〇一番が回収しますよ」
「そうなのか?」
「いつになるかは知りませんけど、そうですね」
このブランクの死体がある時空間座標は私に記録されたので、《未来に帰った私》が報告すれば〇〇一番が時空間跳躍装置で釣り上げてくれる。
なんて話をしているうちに、
「あ、ほら」
ブランクの身体からパズルのピースが零れるように色が落ち、霧散していく。私もこんな感じで時空間跳躍してたんだろうなあ。
時空間跳躍が終わるのに、十秒と時間はかからなかった。その間にブランクのは消え失せ、代わりに黒い直方体が残された。
「なんだこれ」
ご主人様は掌で隠せる程度の大きさのそれを手に取る。
「〇〇一番からの贈り物じゃないですか?」
パッと見て、投げて当てるくらいの用途しか思い浮かばないけど、
「どう考えてもこの時代にあっちゃダメなやつですね……」
「そうなのか?」
「いやだって、この溝とかすごい怪しくないですか? なぞったら大量破壊兵器が起動しそうですよねっ!」
「それは最近観た映画の話だろう」
「えへへー」
誤魔化すように笑うと、呆れたように息を吐かれた。
「取り敢えず、私が預かっておきますね」
「そうしてくれ」
そう投げ渡された直方体を受け取り、取り敢えずエプロンの内ポケットに入れておく。
……なんで私普段着にエプロン着けてんだろ。あっ、召し使いだからか!
なんてくだらないことを考えながら、
「ご主人様、早く街に下りて観光しましょう!」
「おい、目的を間違えるなよ」
「はーい」
真面目になったなあ。そう言えば四年前、私と初めて会った時からご主人様は真面目だった。無気力で自堕落なくせに、根は真面目だから私のことを気にかけてくれていたみたいだし。でも伝わりにくいから、よく勘違させられたけど。
うーん、口下手なご主人様がこんな風に話す日が来るなんて、
「えへへ……」
「なんだその笑いは」
「ご主人様と一緒にいられて嬉しいな、って」
「そうか」
いや一切興味なさげな返事だな。まあ、人間がロボットに欲情するのもどうかと思うけど。
ここに人間に欲情したロボットがいるのもどうかと思うけども。
まあとにかく、とにかくだ。私の目的はなるべく早くご主人様と共に帰宅し、この人に私なしでは生きられない自堕落的な生活をさせることだ。その目的は忘れてはいない。
否、忘れることなど出来ない。
何故なら私は、
「山を下りたらまずは拠点設営だな」
「シミュレーションではご主人様一人だけでしたけど、今は私がいることを忘れないでくださいね?」
「ああ、頼りにする」
「任せてください。なんなら今ここで木を切り倒して家を造っちゃいますよ」
「環境破壊はやめろ。お前は買い出しをすればいい」
ふーむ、買い出しか。J三八番の話によれば、ご主人様達のような未来の人間は過去の時代の人間に奇異の目で見られるらしい。真っ白だから。だから、過去の人間をモデルにして作られた私達召し使いが、ご主人様のサポート、特に変装道具の調達なんかをしなければならないらしい。
では、そもそも召し使いのいないJ三八番はどうしていたのかと聞けば、現地の人間を騙して協力させたらしい。なんてことしてるんだあの人は……。
なにはともあれ、
「任せてください。なんせ私は召し使いですから」
そう力こぶを作るように腕を曲げると、何故か呆れた目を向けられた。
おかしいなあ、ここは妙に優しげな笑顔で頭を撫でる場面……ではないか。うーん、失敗。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます