第2話 わりと能天気な感じですが
さて、鏡で遊んでいても仕方ないので廃屋の外に出てみたのだが、
「見事に緑しかありませんね」
「局地戦か」
「そうと決まったわけじゃないですけど」
ご主人様の脳には、電脳世界におけるブランク捕縛のための戦闘シミュレーションによって、経験に基づく記憶が刻まれている。腕を振るえば百万馬力の
まあ、私がいるからそんなことにはならないと思うけど、こんなこともあろうかと、というやつである。
「まあでも、街の中よりここでブランクを見つけられれば楽に終わりそうですけど」
「俺の担当地域には五人のブランクがいる。全員ここで見つけられるとは思えない」
「それなんですよねえ……」
私達の時代の人間は生殖機能に欠けている。人間は子孫を残すためには雄と雌がいなければならないのに、しかし雌しかいなければそれはそうだろう。だから世界政府は、人間という生命体をデザインし直し、記号や数字で雄と雌を管理することによって、砂と氷の惑星となった地球上でたったひとつの生物種を保存した。
かつて百億を超えた生命を五十万と九つにまで減らし、
かつて生命倫理における禁忌とされてきた技術に頼り、
繁栄もなく、
衰退もなく、
しかし文化的で、
そして機械的で、
なんの不自由のない理想郷。
それが私が産まれた世界だ。
だが、何事にも不具合があるように、理想郷にも予期せぬ不具合が生まれた。
それがブランクだ。
「まあひとまず、一人見つけましたよ」
「どこだ?」
「山を下りてますね。私が捕まえましょうか?」
シミュレーションで山道は経験しているとは思うけど、生身の身体では初めてだろう。筋肉がないので腕や脚が細っこいので、こんな足場の悪い場所であまり無茶はしない方がいい。
なんて意味を込めて問うたのだが、
「いや、一人目くらいやらせてくれ」
「違いますよね? そういうのって最後の一人になって言う感じの言葉ですよね?」
そして取り逃がして面倒臭いことになるところまでがテンプレ。おや、そう考えると、ご主人様は自分から失敗フラグを回避したことになるのかな?
うーん、焦った表情のご主人様を見られたかもしれなかったけど、まあ頑張るご主人様が見られるのだから良しとしよう。
ご主人様フォルダが増えて困っちゃうなあ。
「よし、じゃあさっさと下りちゃいましょう」
「どの方向だ?」
「西です」
「わからん」
そりゃそうか。
私はご主人様にブランクがいる方向を指し示し、そちらへ小走りで向かうご主人様の背中を追った。
ほどなくして、白い背中を見つけた。
いや、白い背中という表現だけならご主人様も当てはまるので、正しくは白一色の後ろ姿だろう。
ぼろ布のような服から覗く濁った白さの肌。白い髪は手入れされておらず伸び放題伸びている。あれどういうことだ、ご主人様が二人いるぞ? 首のCOLORで見分けようにも、長い髪が邪魔で後ろからは確認できない。
まあでも、
「ご主人様、一瞬足止めしますか?」
「頼む。少し疲れてきた」
見た目の違いがなくても、動きから違いがわかる。前を走るブランクは無駄の多い走りをしているが、それを追うご主人様は身体への負担が最小限になるような足運びをしている。
だからだろう、ブランクは疲れ果てた様子で走っているのに対し、ご主人様は一切ペースが崩れていない。これ私が足止めする必要ないんじゃないかな? まあ、他でもないご主人様に頼まれたんだから、
「じゃあちょっと行ってきます」
音より速くご主人様を追い越し、右手側からブランクの前に回り込み対面する。うーん、微妙な顔。
「な――っ!?」
「あれ?」
何故かブランクが右に吹き飛んだ。その理由を考えてみても良いけど、
「えーと、ご主人様、今ですよ!」
…………。
「…………」
ん? 返事がないぞ?
疑問に思ってご主人様の方を見てみれば、おかしい、さっきまで走っていたご主人様の姿がない。山道が抉れてるのは私のせいだとして、あ、もしかしてあの溝に足を引っかけて転んだのだろうか? もー、ご主人様ったら可愛いんだから。
……いや、これどう考えても私が発生させたソニックブームのせいでしょ。
視線を右にやれば、ご主人様が樹の幹に身体を打ち付けて横たわっていた。息はしていない。
「きゃー! やっちゃった! 張り切りすぎてご主人様殺しちゃった!」
「――かふっ」
吐血。
血って本当に赤いんだなあ。
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