過去へ
第1話 ここはどこでしょうかね?
浮遊感。倦怠感。ほんの少しの片頭痛に、
「ぅあ……」
閉塞感。
なるほど、これが時空間跳躍か。あのJ三八番が嫌な顔をしただけはある。私が召し使いじゃなかったら、みっともなく地面に踞っていただろう。
「……この時代には電子世界はないはずだよな?」
困惑する声に振り返ってみれば、ご主人様はしきりにCOLORを指で叩いていた。
ここは私とご主人様以外に人の影がない郊外の廃屋らしいのだが、あり得ない話だが、もしこの時代の人間が今のこの人を見たらどのような反応をするのだろうか。
髪も肌も衣服も何もかもが白ずくめのこの人を。
「なにしてるんですかご主人様、この時代じゃ基本的にCOLORは役に立ちませんよ」
「基本的に?」
「今のCOLORは過去の歴史に混入した異物としてご主人様の現在地を時空間的に世界政府に知らせてるだけなので、あとは疑似脳としての働きしかありません、ってことです」
「そうか」
その疑似脳を使ってなさそうな人間もいるらしいけど、一体誰のことなんだろうなあ。
「……何故使えない?」
「使える電波が飛んでないからです」
「電波か……」
まあそんなわけで、この時代では、と言うより時間跳躍した先の時代ではCOLORは使用不可能に近い状態だ。だからこそ、世界政府からの急な時空間跳躍命令に対応できるよう、多くの人間はご主人様のように召し使いを側においている。そもそも召し使いは雇うものではなく買うもので、そもそもJ三八番は召し使いを側に置いていなかったけど。
例外というか、おかしな人間ばかり私の周りにいる気がするんだけど? 気のせいかな?
「周辺に動体反応はあるか?」
「大きいのはご主人様の一人分だけですね。あとは小さいのが無数に」
「なんだと? そんなにブランクがいるのか」
…………、
「あ、そっか」
「どうした」
「ご主人様、電脳世界でシミュレーションしかしてなかったでしょ」
「他に用はないからな」
はー、やれやれ、これだからご主人様は。やれと言われたことしか出来ないなんて、ロボットかなにかかよ、まったく。
「もっと動物と触れ合うとかしたらどうですか」
「どう……なに?」
「
「なんだそれは」
なんだそれはって……いや、こうして聞かれてみると返答に困るな……。うーん、簡潔に説明するなら、
「動く食肉、ですかね?」
「俺に聞くな」
「すみません」
ただ、この動体反応のほぼ全ては虫だ。揚げて食べると美味しいやつ。
って、今はこんな話してる場合じゃなくて、
「ご主人様、目的忘れてませんか? 大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。時空間跳躍装置を使用して過去に介入しようとするブランクの捕縛、もしくは駆除。忘れてはいない」
「なら良いですけど」
ご主人様が覚えているなら、私は全力で観光気分だぜ。
よーし、じゃあまずは都会に出ておしゃれを――
「伏せろ、ブランクだ!」
「にゃー!?」
私は突然ご主人様に押し倒され、土と埃で汚れた廃屋の床に転がされた。え、どうしたの突然? 『私』、心の準備とか全くしてないんだけど。
「やだ、ご主人様ったら大胆……」
「気を付けろ、窓の向こうにブランクがいた」
「はい?」
なに言ってんだこの人?
「この部屋に窓なんてありませんよ」
窓なんかあったら、時空間跳躍してきた瞬間をなにも知らない人間に見られてしまう可能性がある。そういう気遣いをしない世界政府職員もいるらしいが、ご主人様の管理を担当する〇〇一番はその辺りきちんとしているらしい。
いや、今回はうっかりしていたのかな?
しかし、仮にそうだとしても、経費で増設した私の
「ご主人様、どこにブランクがいたんですか?」
「あの窓の向こうにある部屋の中だ」
そう言ってご主人様が指差したのは、仰向けに倒れる私から見て右手側にある鏡。
鏡……。
あっ、
「そう言えばご主人様って鏡知りませんでしたね」
「かが……なんだそれは」
「姿見とも言って、自分の姿を写す板と思えば良いですよ」
ご主人様を押し上げながら立ち上がり、私は鏡の前に立つ。鏡に写るのは、立派なあほ毛を頭に立てた栗色の髪を持つ可愛い可愛い召し使いの胸像だ。うーん、この慎ましげながらも主張を欠かさない乳房は、まさに芸術だな。断崖絶壁だったりやたらデカイだけのものとは別の美しさよな。
「召し使い一号が二人……?」
「ご主人様も二人ですよ」
私は一歩退きご主人様を鏡の前に立たせてやると、ご主人様は小さく肩を震わせる。
ご主人様はしばらく警戒するように爪先立っていたが、鏡像の首に巻かれた真っ赤なCOLORを見つけると静かに踵を床に下ろした。
「……なんだ人間か」
「あなたですよ。鏡の中のCOLORをよく見てください」
そこに『A二〇〇〇一』と刻まれているはずだ。鏡写しになっているだろうけど。
「なんだこれは、俺の贋作か?」
「鏡に写ると全部反転するんです覚えておいてくださいね」
「なるほど、わかった」
良いながら、ご主人様は鏡というものが不思議で仕方ないようで、鏡を触ったり自分を触ったりしている。うーん、可愛い。
「…………っ」
睨まれた。
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