最終話ー3 私の名前は召し使い一号

 ところで、


「ご主人様、見てください、新しく生まれ変わったこの私を!」

「……なにか変わったか?」

「中の部品が大幅にアップグレードされました」

「…………、よくわからん」

「あはは……」


 いつの時代も『どこからどこまでが人間であるか』が熱心に議論されていたようなのだが、


「でも、これでさらに重い物を持てるようになりましたよ」

「ベッド以上に重い物なんて家にあったか?」

「え? ええと……あ、この自動車ですかね?」

「それは借り物だし浮くから軽いだろ」


 意思を持ち自我を持ち感情を持つロボットは、


「自動車って実はすごい重いんですよ?」

「そうなのか?」

「中は広いですけど、鉄の塊みたいなものですから」

「…………?」


 意思を持ち自我を持ち感情を持っていた『私』ブランクは、


「もう、帰ったら電脳世界に行きますか?」

「そう言えば、電脳世界にはまだ一度も行ったことなかったな」

「折角のCOLORを使わないなんて、宝の持ち腐れも良いところですよ」


 自身のCOLORを持たないというだけで、


「それとも、帰りの車の中が良いですか?」

「お前の好きにすると良い」

「うーん……、帰ってからにしましょう。ご主人様、疲れてますよね?」


 人間ではないのだという。


「そうだな、身体が思うように動かない」

「私はずっとメンテナンスでしたけど、ご主人様はなにしてたんですか?」

「久し振りに会った世話係達と話をして、それから夕食を食べて寝ただけだ」

「へえ、なにを話してたんですか?」


 ご主人様は基本聞かれたことしか答えない人だから、もしかしたら知り合いの人間となら自分から積極的に話をしていたかもしれない。

 想像できないけど。


「お前のこととか、J三八番のこととかだな」

「ん」


 J三八番の名前が出てくるとは意外だった。いや、初めて出来た(かどうかはわからないけどとにかく)友達だから、当然と言えば当然だけど。

 でも、そっか。なんだかんだで、ご主人様もだいぶ大人になってきたのだ。いつまでも可愛い子供なんて考えていたら、いつか怒られてしまう。


 でも、


「ちゃんと自分から話題を出したりしました?」

「無理だ」

「やっぱり……」


 駆け足で成長することなんてあり得ない。

 段階を踏んで、間違えて、躓いて、後ろを振り返ってみたらようやく前に進めるのが成長だ。三年間ご主人様を見ていて、ようやくそれがわかった。

 亀のように小さく遅い一歩でも、繰り返せばどこまでもいくことが出来る。

 たぶん、そんな感じ。


「んー、まあ、今日は早く帰って寝ましょうか」

「そうだな」

「さっき台所借りてお弁当作らせてもらったので、車の中で食べましょうね」

「そうだな」

「ご主人様のリクエスト聞けなかったので私の作りたかったもの作りましたけど、良かったですか?」

「そうだな」

「……もしかして、眠気なんて感じないくらい元気ですか?」

「眠い」


 うおっ、話聞いてないかと思ってたけど全然そんなことなかった。


「あはは……。じゃあ、早く車の中で眠りましょうか」

「そうだな」


 やっぱ返事適当だな。


 まあ、いっか。私はご主人様の召し使い。あまり甘やかすなよ、と〇〇一番に釘を刺されたようなそうでないような気はするが、そもそも私の好きなものは甘いものである。だから、甘いものを愛してやまない私がご主人様に甘くなっても、ちっともおかしくなんてないのだ。だから甘やかす時は精一杯甘やかすのだ。


 なんて、ね。

 怒られちゃうかな。

 ても、これが私なのだ。

 他の誰でもない。


 ただ一人の、たった一人の、召し使い一号 わたし なのだから。






―――good end.

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