第12話 これだけ読んでも、なにもわからないと思いますけどね

 ご主人様はブランクから生まれた。

 そして同時に、世界政府によって産まれた。

 この場合、単純に考えればご主人様の産みの親はブランクになるだろう。


 しかし、もしそのブランクを生み出してしまったのが、ブランクと呼ばれる存在が現れるきっかけとなったのが、自分だとしたら?


 否、そうではない。


「お前ならどうする?」


 召し使いでしかない私が、一介のロボットである私が、まるで◻◻◻◻であるかのような、


「どうするもなにも……そんな……だって、私は……」


 悩みを打ち明けられているわけではない。

 遠回しな比喩表現というわけでもない。



 真実を告げられた。



 ただ、その実感だけがあった。


「だって、私は、ご主人様の召し使いで、あの人が、私を……」


 足下の床ががらがらと崩れていく感覚。

 人間よりも丈夫なはずの手足がぐにゃぐにゃと歪む錯覚。

 どうしようもないほど、ひとつの意識としての『私』が、


「――わかりました」

「うん?」

「『私』がご主人様を産んだブランクであることは、わかりました」


 悲鳴を上げるように、なにかを削るような音が頭の中で響く。


「ですが、私は製造番号F一七八九二九番、通称召し使い一号は、否定のしようがないほどに、」

「ロボットだ」


 〇〇一番は私の言葉を奪い、


「否、お前はサイボーグと表現される方が正しい」

「サイボーグ……」


 人間のような機械ではなく、機械化された人間。

 否、ブランク。


「記憶を消し、知識を継ぎ足し、ロボットの思考回路にお前という自意識を定着させた」


 それが、


「それがお前だ」


 A二〇〇〇一番と呼称される人間を産まされた母親の末路だ。


「……今更、いえ……何故、今なのですか?」


 答えは聞かなくてもわかる。それでも、聞かずにはいられなかった。

 聞かなければ、『私』でないような気がした。


「私は、『私』はもう用済みということでしょうか」

「そうではない。これはお前の意思だ」


 〇〇一番は一通の封筒を私に差し出す。

 突然現れた骨董品にわけがわからなくなるが、それがCOLORを持たないブランクの伝達手段なのだとすぐに理解出来た。


 では、つまり、これは、


「『私』が私に宛てた手紙、ですか」

「そうだ」


 初めから封のされていないそれを受け取り、


「……中を見る前に、ひとつ質問しても良いでしょうか?」

「構わないぞ」


 私は封筒から取り出しかけた便箋を戻し、〇〇一番を見る。


 完全な白ではなく、薄く青みがかった灰白色の瞳。

 透き通るような、あるいは陶磁器のように美しい白さではなく、病的なほど濁りきった白さの肌。

 短く切り揃えられた白髪は手入れされているのか、傷んでいるという印象は受けない。

 そして、粗暴な口調にデフォルトの声量、声質、声の高さ。


「私がこれを読んで」


 本当にご主人様そっくりなこの人は、


「私がこれを読み終えて」


 あの人が子であればまるで親かのようなこの人は、


「その後、あなたは、あなた方は」


 言ってしまえば、


「私をどうするつもりなのですか?」



 ご主人様の母親そのものだ。

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