第11話 この人からは不安しか感じられませんね……

 世界政府に着くまで、およそ半日掛かった。朝御飯を食べて出て、車の中でお昼を食べて、お腹いっぱいで眠っていたご主人様が起きてまた少しうとうとしていたら到着した。

 本当に食って寝てただけだなこの人。いや、今更なにか文句があるわけじゃないけど。


 自動車からご主人様を降ろすと、真っ白な建物から赤いCOLORを首にした女性が出てきた。


「久し振りだな、A二〇〇〇一番、召し使い一号」


 短く切り揃えた髪だけが、


「三年振りだな、世話係」


 伸び放題伸びた髪だけが、

 女性とご主人様の違いだった。


「ええと……初めまして、ですよね?」


 そう確認すると女性は一瞬驚いた表情をしたが、それも束の間、すぐに彼女は表情を消した。


「すまない、俺としたことがうっかりしていた」


 直感というか、確信した。

 自覚的にか無自覚的にかはわからないが、ご主人様はこの人の影響を大いに受けている。

 見た目から、口調から、そのことがよく伝わった。


 別にちっとも羨ましくなんてないけどね。


「初めまして、召し使い一号。俺は世話係改め、〇〇一番だ」

「初めまして、〇〇一番様」

「どうだ、A二〇〇〇一番の相手は疲れたろう?」

「お気遣いありがとうございます。ですが、私は召し使いですのでその心配はいりません」

「ああ、そうだったな。俺としたことがうっかりしていた」


 大丈夫かこの人、話していてすごい不安なんだけど。

 そもそも人間はCOLORを扱う副産物として、知識をデジタル化してCOLORの疑似脳内に保存出来たはずだ。なのにこの人はそれを活用している様子がない。


 まるで、COLORを持たないブランクを真似するような、

 あるいは、ブランクそのものになろうとしているような、


「こんなところで立ち話もあれだろう。中なら茶ぐらいは出せるだろう」

「そうか」

「ありがとうございます」


 確実性が無さそうな発言には不安しか感じられないのだが、ご主人様に着いてきただけでそもそも呼ばれてすらいない私が文句を言えるはずもなし、今はとりあえず頭を下げておいた。

 その頭を上げるよりも早く、


「良い娘だなー、お前は」


 頭を撫でられた。


 …………なんで!?


「A二〇〇〇一番ときたらなにに対しても無感動無関心で……。お前みたいな素直な娘が欲しいな」

「買わないんですか」


 ご主人様なんかよりもよっぽど可愛い娘が手に入るのに。なんて考えていると、〇〇一番はご主人様のあるかないかわからない胸に手を置いた。


「いや、ロボットは成長しないだろう」

「……ご主人様は成長してます?」


 私の見立てでは、ご主人様は胸よりもお腹の方が柔らかく膨らんできたのだが、


「わからん」


 他人の胸触っておいて失礼な奴だなこいつ。


「…………」


 触られても無表情を崩さないご主人様もご主人様だけど。


 なんて馬鹿みたいなことで時間を無駄にしていないで、さっさと中に入ってしまおう。まさか、ご主人様の成長具合を確認するためだけに呼んだわけではあるまい。

 ……いや、この人ならそれだけの理由で呼びそうな気がするな。


「まだ中に入らないのか? それとも帰って良いのか?」


 無い胸を撫でられながら、ご主人様は問う。空気読まないと言うか、自己中心的と言うか……。


「ああ、すまない。俺としたことがうっかりしていた」


 お前それ何回目だよ? なんて文句を言い出すと切りがないので、私は黙って苦笑する。




 そして案内されたのが、


「整備室だ」

「やめてください、絶対痛いじゃないですか」

「召し使いだから痛みは感じないんじゃないのか?」

「いやそうですけど、ご主人様の目に悪いですよ」


 助けを求めてご主人様を見ると、世界政府で働く職員にどこかへ連れていかれていた。

 白っぽいドアが廊下に出たご主人様の姿を隠す。


「ご主人様ぁ!?」


 しまった、知らない人にはついていかないように言うのを忘れていた。

 〇〇一番ではないが、うっかりしていた。それくらい当たり前に理解出来ると、すっかり思い込んでいた。


 見れば、〇〇一番は手近な椅子に腰を下ろし、


「それじゃあ、整備を始めるわけだが」

「いやいや待ってください、確かに私は三年間一度も整備なんてしたことないですけど、せめて心の準備をですね……」

「なにも心配はいらない。半日もかからない」

「その間にご主人様になにかあったら悔やんでも悔やみきれないと言いますか……」


 自分でもなんの意味があるのかもわからぬまま並べ立てられようとした言い訳は、


「……いや、回りくどいことはやめよう。俺の悪い癖だ」


 〇〇一番によって遮られた。


「召し使い一号」

「はい、なんでしょうか?」


 有無を言わせないような、落ち着いた、しかし迫力のある声。



「お前は、自分がアレの産みの親だと知ったらどうする?」



「…………………………………………はい?」

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