第10話 はじめてのおでかけ
〇〇一番とは世界政府という機関に所属する九人の内の一人で、A区、B区及びC区の管理を担当している。
一区当たりの人工は二万人で、一人亡くなれば一人産まれる。例えばA一番が亡くなれば新たなA一番が、Z二〇〇〇〇番が亡くなれば新たなZ二〇〇〇〇番が、空いた穴を埋めるように産まれるのだ。
生まれるのではなく、
産まれる。
J三八番が言うには、これは今の時代だけの常識らしい。
地球が冷たくなる前は、
灰色のドームで地上を区分けする前は、
真っ白な機械で人間を管理する前は、
「ご主人様、お弁当の用意出来ましたよ」
「そうか」
「お着替えいります?」
「わからん」
「うーん、一応持っていきますか」
「そうか」
雄が消えてしまう前は、
人間だけで子供が作れることは普通だったらしい。
「……よし、じゃあ行きましょうか」
纏めた荷物を〇〇一番が寄越してくれた迎えの車に載せる。ご主人様はそれを見届けると、
「よし、行くか」
停車する車を追い越した歩き出してしまった。
おい待て。
「ご主人様、世界政府にはこの車に乗らないと入れませんよ」
「そうだったのか」
私は先に車の中に入り、後から入ろうとするご主人様を引き入れる。それからドア横のパネルを操作し、ドアを閉める。
ドアが閉まると同時に、薄明かるかった車内が明るさを増した。と言っても、手元が確認できる程度の明るさから、足元を確認できる程度の明るさになっただけだが、それだけあれば電子世界の視覚で補えるので十分だ。
だけど一応、
「ご主人様、暗くないですか?」
「大丈夫だ」
ご主人様は私がご主人様の自室から車内に運び込んだベッドに横たわる。
しばし沈黙。
「……普段となにも変わらないな」
「そうでもないですよ」
普段は私が家事で忙しいせいでご主人様は部屋で一人きりだが、今はご主人様の側には私がいる。
「ところで、この車はいつ動き出すんだ?」
「もう動いてますよ。そうですね、ドアを閉めたくらいからだと思います」
布団に寝転がったまま、ご主人様は不思議そうに首を傾げる。器用なことをする。
「止まっているものが動き出したら揺れたりするものじゃないのか?」
「あれ、よく知ってますね」
「いつもお前にされてるからな」
はて、そんなことしていただろうか、と思い出してみれば、そう言えばご主人様の毛布を洗いたい時は、必ずご主人様を掃除した床の上に移してから毛布を取り替えていた。多分この人はそのことを言っているのだろう。
目を瞑っていたから、寝ていたのかと思っていた。
「起こしてしまってたらごめんなさい」
「……ああ、そもそも眠ってないからな」
食って出して寝るだけの人間が寝た振りなんて、なに寝言みたいなこと言ってるんだろう……? もしかしていつも寝てばかりだから、起きていても眠れるようになったのだろうか。
なんてくだらないことを考えながら、
「ご主人様、外の景色を見てみますか?」
私はベッドの脇に腰を下ろす。こうしていると、普段よりずっと近くにご主人様を感じられるようだった。
「……そうだな、見てみたい」
「…………」
「どうした」
はっ、しまった。ご主人様が自分の意思を示すなんて珍しいから、歓喜のあまりうっかり気を失っていた。
歓喜のあまり。
歓喜のあまり!
「じゃあ早速外の景色見ましょうか」
私は軽く腰を浮かし、ご主人様のCOLORに触れる。普通からばCOLORを操作できるのは所有者のみであるが、私はご主人様の許可を得ているのでこうして操作できるのだ。操作画面は全部ご主人様の電子世界における視界に表示されているので、私は目隠し状態なのだが、
「どうですか?」
「……新鮮だな」
召し使いである私ならば、問題なく車外の景色を内壁のスクリーンに映し出せる。
ベッドに横たわるご主人様に合わせて目の前の壁を見てみると、ついさっきまで私達が過ごしていた家が遠ざかっていくのが見えた。
確かに、新鮮だ。私もご主人様と同じであの家から一歩も出たことがなかったから、それしか言えないけど。
「ん……?」
しばらくして、車がA区〇番街を囲む壁に設けられた門を過ぎる。視界の奥に流れる鈍色の扉とともに、シルクハットにシルクのスーツ、おまけにモノクロームを右目に掛けた、物語に出てくる黒い怪盗然とした男性が門の脇に立っていた。彼の足下にはブランクが積まれて山になっている。
なんだろうあれ、多分門番かなにかだと思うけど。そんなことを考えていると、男性がシルクハットを持ち上げて軽く頭を下げてきた。
こちらがなにをしてもあの男性には見えないけど、
「ご主人様、挨拶しておきましょう」
「あれはなにしてるんだ?」
「多分門番ですよ。ほら、〇番街ってもとはブランクの根城だったのを奪って作られたじゃないですか」
「初耳だ」
あれ、そうだったっけ。まあいいや。
私が門の前に立つ男性に手を振ると、ご主人様も真似して手を振った。
やはり、男性には見えていなかったのだろう、顔を上げた彼は閉まる門を背に、周囲を警戒し始めた。
「あの白い山はなんだ?」
ご主人様は枕を自分の頭に被せながら問うてきた。なにやってるんだろう、この人。
「あれはブランクですよ」
「……あれが、そうなのか?」
ご主人様は枕の端を弄って遊びながら、
「……白かった」
「人間の成り損ないですから」
COLORを着けていなければ、アバターを持っていなければ、そりゃあ白く見えるのも当然だ。
ご主人様のように白く見せているのとはわけが違う。
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