第4話 憎さ余って可愛さ百倍、というやつ

 ところで、


「そう言えば、私が初めてケーキを差し入れた時ありましたよね」

「おい、今甘いものの話をするな。具合が悪くなる」

「あの時も、さっきみたいに味覚を戻してたんですか?」


 もし、あの時のことを私が勘違いしていたのだとしたら、


「ああ。ずいぶんと自信ありげだったからな。感謝の意も込めて、賞味させてもらった」

「……えーと、味覚を切り離してたわけじゃないってことですか?」

「何度も言わせるな。そうだと言っている」


 それはつまり、私の料理を食べて「美味しかった」と言ってくれたご主人様に、勘違い、思い込みであったにしろ、大変な無礼を働いてしまったということである。


「あ……あの時は失礼しましたっ!」

「どうした?」


 ご主人様は疲れた様子で私に問う。こんな声を出すなんて珍しい、が、おそらく電子世界に慣れていないだけなので放っておいても平気だろう。


 今は、無礼を詫びなければならない。


「私、今までずっと、ご主人様が私のケーキを食べる時に味覚を切り離してると勘違いしてました。勘違いして、『美味しかった』って言葉を嫌味だって決め付けて……」

「あれは嫌味だ」

「…………………………………………は?」


 なん……なに?


「なんだったんだあの吐き気を催す危険物は? 死ぬかと思ったぞ」

「……そのまま死ねば良かったのに」

「聞こえたぞ」


 しまった、声に出てしまった。でもやっぱり死ねば良かったのに。


「正直、さっきのウェディングケーキなんて味覚を遮断していないにも関わらず、いつの間にか味を感じなくなっていた。とうとう死んだのかと今も感じている」


 それはただのキャパオーバー。


「でもご主人様が甘いもの嫌いなのって、絶対食わず嫌いですよね」

「食わず嫌いだったのは認めるが、今はもう嫌いだ、見たくもない。お前には悪いが、やはり甘いものはこの世から消えるべきだ」


 ご主人様は相変わらずなにを考えているのかわからない、不機嫌な表情で吐き捨てた。これに対して文句を言える立場に今の私はいない。


「ごめんなさーい。今回の件は私が全面的に悪かったでーす」


 ……うん? なにか、違和感。


「……今、ご主人様なんて言いました?」

「やはりこの世から――」

「その前です。見たくもないの後」

「…………、忘れた」


 そう言って、ご主人様は私に背を向けた。ちらりと見える白い耳が、心無し赤く染まっているように見えなくもない。


 あれあれー? 今まで見たことのないご主人様だぞー?


「もしかして、照れてます?」


 自然と、からかうような口調になってしまう。


 今確かに、『お前には悪いが』とご主人様は前置きしていた。

 私を気遣うような言葉を掛けてくれた!

 なにこれ、嬉し恥ずかし気色悪い! とりあえずばんざーい!


「なにをしている」


 睨まれた。


「なにもしてないです」


 などと言っても、私が両手を高々と挙げている様子はご主人様にばっちり見られていた。まあ、どうせこの人には私がしたことの意味なんてわからないだろうけど。


「そんなことより、明日の朝ご飯なにが良いですか?」

「好きにしろと言っている。どうせ食べることには変わりない」

「はーい。……えへへ」


 普段ならばご主人の愛想のなさに死ねこのゴミクズと心の中で毒吐いているが、今はどうしてかこの愛想のなさが可愛らしく感じてしまう。

 不機嫌フェイスに隠されたご主人様の内面を知ってしまったからだろうか、他人を寄せ付けまいとする言葉の数々が、弱い自身を守ろうと纏った棘の付いた鎧のように感じられる。


 その必死な様子がどうにも私の庇護欲を刺激するもので、なるほどこれが母性か。


「お風呂洗ってきますから、今日は久し振りに一緒に入りましょうね」

「風呂ぐらい、一人で入れる」


 よく言う。風呂の入り方どころか、下着の着替え方すら私に教わったくせに。


「まあ、お前がそうしたいのなら構わないがな」

「どうしてそんなに偉ぶれるんですかね……」

「これは素だ」


 などと言っているが、さっき私が感じたように、あれはご主人様を守る棘の付いた鎧に違いない。

 いつかそれも脱がしてやろうと考えると、


「楽しみですねー」

「…………っ」


 親の仇を見るような目で睨まれた。

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